056 豪に拘らず台風の目となれ

 

徳性は魂の傾向性を自らの意志で調整しながら他者配慮を施す性質であります。

徳を磨けば磨くほど、邪な思いは心の中に同居出来なくなります。

他者に対する心の蟠りは感謝という結びの心で浄化されるでありましょう。

心の世界は争いが無くなり、常に爽やかな青空が広がるような優しさ爽やかさに包まれるのです。

勝気や不平不満が多いと同種の心持ちを抱いた人間が近寄って来て、互いに心の摩擦や現実的な障害が現れてくるのです。

この心の現象化を責任転嫁する人間は自らの心の世界が未だ見えていない状態であります。

身の回りに不都合な葛藤が起こりがちな人は、他者の言行を責める前に却下照顧して、普段からの自分の言動を反省回顧することから始める必要があります。

人間性の強さは当たり強さではなく自己自身の我儘を自制する強さである。

人間性の潔さは投げ遣りな潔さではなく自分の運命を無条件で受け止める潔さである。

人間性の大きさは態度(見た目)の大きさではなく、現在只今の環境を受容する心の容量の大きさである。

心の中に我が強く張り付いている人間は一言目から自己主張が始まります。

他者の言葉を排して狭い自己認識の中で無理やり完結させんとする窮屈な人間になっている…。

こうしたことも普段からの自己反省を繰り返している人であれば、自己自身の心の精査で確認出来る魂の傾向性でありますが、そうした努力精進を放棄している時間が長いと、簡単な反省回顧ですら難しい人間になってしまいます。

個性が強ければ才能は開花して社会への奉仕は力を増すことになりますが、個性の強さが我の強さとして進んでしまうと、心の法則(因果の理法)は自我我欲の現状を本人に知らしめる為に、反面教師を目前に現して反省回顧を促がすのであります。

そのため現象的力量に依存する人間は同種の現実的力量に依存する人間との摩擦に巻き込まれ、徳性を有する人格者たちが集まる精神の中心核に近付けない状況が続くのであります。

そうした外部的力量に拘ることなく徳者たちが心に抱く低姿勢(謙虚)を身に付けるべきである。

謙虚な姿勢が低気圧となって台風の目(高邁な理想)が構成されているのです。

台風の目の中は青空が広がり太陽の光が射しています。

そこは渦潮の中心核ではありますが、徳高き平安が保たれた潮の原理が現れている心の聖地でもあります。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】