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063 類が類を友が友を呼ぶ |
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同種の因果が廻り合う心の法則は悪因縁のみに展開する訳ではなく善因縁にも展開いたします。 むしろ善因縁として自己展開してほしいと創造主が造られた如意宝珠御霊でありました。 如意宝珠御霊は総ての人間に一つずつ与えられた神宝で、形態を超越した概念(因果の理法)であります。 地上世界で放置すれば汚れ穢れ錆付くことになりますが、小さな努力精進を重ねて常に磨けば、純粋個性の魂は実相世界から降り注ぐ慈悲慈愛の光明を無尽蔵に放つのであります。 貴方よ臆せず魂を磨け…。 ピカピカに磨いて事に当たれ…。 しからば光明(幸運)は自ずと訪れるのである。 貴方よ躊躇せず魂を輝かせ…。 サンサンと周囲に光明を放て…。 さすれば愛心は同種の愛心者を呼び込み引き寄せる。 欲するもの好ましきものを呼び込み引き寄せ、欲せざるもの好ましからざるものは相反するが故に自ずから去るのである。 類が類を呼び、友が友を呼ぶのである。 人間関係に於いて意味内容(善因縁・悪因縁)に関わりなく心の法則(因果の理法)は自己展開するのであります。 運命に翻弄され、宿命を恐れる人は、未だ心の法則を知らない(知ろうとしない)人生の迷い子であります。 心の法則(因果の理法)が善悪両面に自己展開するなら、努めて心の針が向かうべき先を善なる方向に合わせるべきではないでしょうか…。 中国の南北朝時代に仏教の経典(とくに法華経)を得度して一念三千を説いた天台大師は、正しく心の法則を説いたのであります。 約1500年も前に説かれた心の法則を人類は人生に活かして来たでありましょうか? 今や法華経は全世界に伝わっております。 因果律を教理として説いている僧侶も居るはずです。 それなのに利己的欲得願望に生きる現代人が増えてきたのは何故なのか…。 歴史を参考にして猛省しなければならない処まで人類は追い詰められているのです。 この事実に気付かなければ真っ当な未来は無いと覚悟しなければならない。 決して誰かに追い詰められた訳ではなく、自己自身の因果律で自ら追い詰めたのが、世紀末を迎えた人類の悪因縁による大業の流転であります。 |