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065 言葉は創造の剣 |
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旧約聖書の冒頭には以下の如く書き記されています。 『始めに言葉あり 言葉は神と共にあり 言葉は神なりき 萬のもの此れによりて成り 此れによりて成らざるはなし』 言葉は神そのものであると旧約聖書には明確に語られております。 創造主は言葉を用いて総ての世界を創み出されたのです。 旧約聖書は更に続けて… 『神、光あれと言いたまいければ光ありき』 創造主は御聖言を用いて最初に光を創造したのであります。 その後、数々の創造を言葉によりて行なわれ、総ての世界を創られたのであります。 言葉には創造主と同じ力が宿っています。 その言葉を自由に扱えるように委託されたのが人間であります。 そうした背景からみても人間は万物の霊長としての働きを創造主から期待されている。 自由意志を与えられた人間には万物を守り導く使命があるのです。 しかし人間の魂は転生輪廻を繰り返すうちに物質世界の鈍重な波動に染まりながら、徐々に神の子の自覚が薄れてしまいました。 本来は互いに幸福を分かち合う目的で与えられた言葉の力を、何時しか護身の為の防御として扱うようになり、その延長で自発的に他者を傷付ける刃として言葉の力を扱うようになったのであります。 言葉の剣は諸刃(双刃)の剣でありまして、他者を傷付ければ返す刀で自身も傷付けることになります。 口撃(攻撃)は反撃となり廻撃となって、何時かは必ず自己自身にも刃が掛かるのです。 言葉の力で他者を殺めるものは、やがて自分をも同種の刃で殺めることになる。 言葉は殺人剣として扱うべきではなく、他者の幸福の為の活人剣として扱うべきものであります。 これこそが創造主から自由意志を授けられた人間の万物の霊長たる所以でなければならないのです。 常日頃から自分が発する言葉の内容を精査する必要があります。 遣りたい放題したい放題に暴言迷言を垂れ流す人間は、既に万物の霊長から大きく転落して、物質の低長(迷妄)として地を這う個体になりつつある。 この残念な結果を旧約聖書は未来予想をするかのように地を這う蛇の如くに書き記しています。 これを日本神話では八岐大蛇の姿で書き記されています。 つまらない不平不満を言わない動植物よりも魂を貶めている事実に一早く気付くべきであります。 |