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067 自己の弁護は鎧 |
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言葉(意識・発声・表情)を精査すれば現状での人格が解るようになります。 正しく客観視が出来れば自他共に相対的な関わりが見えてくるのです。 そうなると事前の対策を行使するようになり、様々な人間関係の摩擦が限りなく少なくなるのです。 そのような心境に立てる人は常日頃から、最低限の人的防備(精神訓示)だけでも自己自身を護れますし、その人的防衛力(精神装備)は社会生活を共にする人々をも同時に護るものとなるのです。 精神の糧は人間を心の根底から強くします。 本物の大安心の境地は其のまま不動心となり平静心となって、立ち居振る舞いに於いても大人物の出で立ちが、自然な振る舞いとして行えるようになるのであります。 その逆に自分の心根の強さを感じられない人間は、常日頃から不安な要素が心の中を廻るため、どうしても普段の言動に矛盾が付き纏います。 そうして其の矛盾を無理やり正当化させようとするので自己弁護が多くなるのです。 大人物の基本姿勢は心の解放でありますが、自己弁護が多い小人物は心の閉鎖に奔走しています。 自分流の考えが意識を固定観念化している…。 自我力の拘りが関係を自他差別化している…。 利己心の囚われが常に自己中心化している…。 保身癖の行いが本人を精神弱体化している…。 こうしたことは戦国武将が敵国の攻撃から身を守る為に、堅くて重い鎧を何重にも重ね着している姿に映ります。 自分が自分が…と自分色の自己主張が多くなると、その周囲の人間まで重苦しく窮屈な閉塞感を抱くようになります。 自己弁護が多い人間は周囲の意見を取り入れようとしないため、ますます閉鎖的感性に落ち込むことになるのです。 地上世界に於ける人間関係は多岐に渡る人間感性を共有することになるため、其れ相応の護身術も必要にはなるでしょう。 しかし身に纏う鎧は物理的依存ではなく精神面の強化でなければならない。 自己保身は対外的な依存に走りますが、魂の護身は精神強化の自己研鑽である。 心の奥底から滔々と湧き出る自信(本当の確信)は神の子の自覚が齎すものであります。 |