|
070 保身の言訳は馬 |
|
他者批判や中傷迷言は自己中者の迷妄精神が起こしています。 自分で自分の醜態が見えない状態で他者の弱みを突き刺してくる愚行であります。 それは自らの秘した醜態を押し隠す為の自己保身が、容赦無い他者批判や中傷迷言に繋がっているのです。 自己保身に走る人間はプライドが高く完璧主義を強要してきます。 しかもその完璧主義の基準が自己保身者の認識内である為、放たれる言動が窮屈な取り決めが多くなるのです。 思い込みは時に恐ろしい結果を導き出すもので、個我の窮屈な縛りのみを善行だと勘違い(思い込み)したまま他者に完璧主義を強要すれば、それが其のままイジメやハラスメントの加害者側に立っていることに気付けぬまま、何処までも独善強要を押し付けてしまうのです。 物事の解答は本来無数にあり、人それぞれに兼ね合ったアプローチ(心境段階)が有り得ます。 様々な人々の心境差によって取り組む順序が真逆になることも有り得ます。 そうした心境状況を加味した上で衆知を結集して、最も適切な共通手段を弾き出してから各々が歩み寄ることが大切であります。 自己保身の言動が多いものは自己都合優先の利己心で生きております。 その自己都合(利己心)は譲歩の余地も無く、まるで泣きながらワガママを貫こうとする子供のような精神状態であります。 幼い子供の無邪気なワガママは可愛らしさも感じますが、年齢的にも社会人として自立するべき大人たちが同じようなワガママを押し通すのであれば、それはもう可愛らしさではなく可哀想な醜態であります。 思い通りにならないことを癇癪を起こして泣きじゃくる子供には憐憫の情念も湧きますが、我を押し通せない腹癒せに他者口撃をする大人(社会人)には慰めの言葉すら見当たりません。 迷妄者に響く言葉は自己都合を肯定してくれる同情のみである。 迷妄者たちは誰にも同情を得られないと益々保身(自己弁護)を繰り返し、共通社会概念から受け入れられないと知ると、大方の迷妄者と同じように捨て台詞を吐いて早馬の如く敵前逃亡して行くのであります。 このように言訳の正体は自己都合に対する自己弁護である。 万物の霊長として創造主から言葉の力を授かったにも関わらず、個我の自己都合の為のみに言葉の力を使うのは愚の骨頂である。 神の子の自覚を深めながら人類の融和(結びの心)に貢献する方向で、言葉の力を正しく扱うことが大切なのであります。 |