074 感情を超えるものは感性

 

感情が人それぞれの情感を現してくる理由は、感情が個性を核として自己展開するものであるからです。

個性には様々な音色があります。

音色の種類に応じた個性の響きが感情なのです。

自己を出発点としている感情が個性を自己表現しているからこそ、個人々々の性質の違いや感情の起伏がある。

何かと怒りっぽい人は魂の傾向性に怒りに響く琴線が強く張られているのです。

この琴線は長い期間を通して積み重ねた怒りの累積(習慣)によって、個人的な性格として自己自身が強く張った琴線である。

その怒りの琴線に触れられると忽ち怒りの音色が鳴り響くようになっている…。

まるで腫れ物(怒り)に触られた痛みに耐えられず、処構わぬ悲鳴(怒声)を上げ続ける状態に似ています。

故に怒りの琴線を心に強く宿している人間は、怒りに反応し易い性質となっているが為に、怒りの感情が出易い性格となっているのであります。

また喜びの琴線が強く張られた人間は喜びに反応し易い性質となっているが為に、喜びの感情が出易い性格となっているのです。

創造主から自由意志を授けられた人間であるからこそ、琴線(感情)を幾種類も同時に張ることは可能ですが、常日頃から重宝して多く扱ってきた琴線(感情)が反応し易い状態になっていると言うことであります。

性格を変えると言うことは鳴り響き易い琴線(感情)を緩め、人間関係が良好に導かれるような良き琴線(感情)の方を強めに張ると言うことです。

総ての人間は本来は神の子です。

神の子としての本来の性質を、魂の奥底から呼び出し溢れ出すことで、様々に揺れ動く感情を善展開させることになるのです。

こうした神の子としての琴線(性質)こそが感情を超えた感性であるのです。

感情は利己的琴線でありますが、感性は利他的琴線であると言うことです。

個性化に突き進む現代人の多くが感情的に生きる姿は、他者を顧みない利己的人間の横暴に繋がっている…。

そこに自らの感情を自己統制する意思が無ければ、人間は知恵はあるが性質は動物化に向かうのであります。

どうか人と人との心と心を結ぶために、神の子の本来の感性を発揮させて致だきたい。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】