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084 漏れでる光明は隠しきれない |
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人間社会は目に見える事象のみで展開している訳ではありません。 心の中にある諸々の思念想念が現実社会に影響を及ぼしている…。 しかも心の中は他人から見えないと思うからこそ隠蔽や誤魔化しをするのです。 この場合の思いは利己的な自己中心としての思いであります。 しかし心の中が他人からも観えると想えるからこそ誠意や自律を心掛けるのです。 この場合の想いは利他的な協調精神としての想いであります。 利己的な自己中心は自戒が出来ず溜が効かない魂の傾向性となり、自分の主張が誰よりも正しいと思い込んでいます。 一途な思い込みほど厄介なものはなく、利己的な自己中心から誘発する思い込みは比較優越意識の基準が常に自分自身であるが故に、周囲の人々を事あるごとに悪人に仕立て上げるのです。 それとは逆に利他的な協調精神は他者の気持ちを配慮する心掛けが魂の傾向性となり、相手の言葉を真摯に受け止めることが出来るのです。 利己的な自己中心者は思い込みとなり、利他的な協調精神者は想い遣りとなる…。 従って利他的な協調精神者の周囲には自ずと善人が集まるのです。 そこには必然的な相互共助が人間関係を彩ることになります。 そうした中で人徳を内包する徳者は、自我を自戒しながら陰徳を積むのであります。 そうして総ての成果を私することなく、関わりを持つ全ての人々に感謝をするのです。 とりわけ守護霊や指導霊に報恩感謝を捧げ、魂の故郷でもある創造主への帰依心を深めるのです。 こうした徳者であるからこそ本人の神性を隠しても隠し通しても、人格の要所々々から漏れ出る光明は隠し切れず、利己的な自己中心者には其れが分からないが、利他的な協調精神者には其の光明が漏れ出る徳性を観じられるのであります。 このような漏れ出る光明は周囲の人々に善的感化して、本人が意図するしないに関わりなく、もう一つの霊的な働きをするのです。 目前に立ち塞ぐ大きな障害が有り物理的に解決が難しいと思われている事物も、徳者の精神世界から霊的改善が施されて、意外な問題解決を迎えることがあるのです。 徳者たちには精神世界からも問題解決の糸口が用意されている…。 こうした漏れ出る光明の徳力を漏神通力と言うのであり、神性を体現した正しい漏神通力には守護霊や指導霊、数多の神々が惜しみなくバックアップをして下さるのであります。 |