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086 忍耐力霊耐力は漏神通力の礎 |
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清らかな精神を維持継続する事の大変さは、その努力精進を積み重ねた人間にしか理解出来ないでありましょう。 純粋無垢なる魂ほど地上世界では付着物が目立って見えるものであります。 罪穢れで汚れが累積した人間の魂は、少々汚泥が付着しても大して目立たないのです。 そうした事実が罪穢れを隠蔽へと走らせるのであります。 またそうした事実が無実の罪を冤罪へと陥れる悪事に繋がっているのです。 大悪人ほど罪穢れを巧妙に晦まして、清廉潔白な聖者ほど僅かな汚点を暴かれる不条理が地上世界には蔓延しています。 ここでまた繰り返しますが、地獄の迷妄魔ほど耐え忍びが苦手である事実を想えば、何事にも屈する事なく初志貫徹する精神を地道に磨くべきであります。 地上世界に転生したからには忍耐力を磨き、同時に霊耐力を磨く必要があります。 肉体に影響を及ぼす数々の苦難困難に耐え忍ぶ気力(忍耐力)があれば、打たれ強い性格が育まれるでありましょう…。 精神に影響を及ぼす数々の霊的憑依に耐え忍ぶ精神(霊耐力)があれば、意志の強い人格が育まれるでありましょう…。 多くの世人たちは事勿れ主義を良しとして、まるでカメレオンのように民主主義(汚泥染まり)に身を隠しています。 そうして嫉妬心や猜疑心を辱めも無く表現して、我が身の保身に奔走するのであります。 そもそも真人間とは何を意味するのでしょうか…。 利己的な自己中心者は自我に人間らしさを見い出し、利他的な協調精神者は愛心に人間らしさを見い出すのであります。 自我我欲に人間らしさを見い出す人間は、地獄の迷妄魔と同じように執着や欲求に対して我慢が出来ない人間となりがちである。 他者配慮に人間らしさを見い出す人間は、天国の善霊人と同じように誠実と信頼に対して我慢強い魂の傾向性を心に懐くことが出来るのです。 漏神通力には忍耐力・霊耐力が必要不可欠であり、この耐え忍びの徳力が乏しい漏神通力は有り得ないのです。 高僧と言われるような人であれば自らの感情ぐらいは統制(コントロール)出来なければならない。 感情的に怒声を吐き散らす覚者など本来は一人も存在しないのであります。 |