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090 霊界は精神世界以降 |
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地上人間の立場からすれば、肉体を纏った人生(生涯)が全てであるかのような錯覚を持ちがちであります。 多少の学識があり、霊の世界に興味関心があれば、地上世界とは別に霊的世界があると言う認識は持っているでしょう。 しかしその真相は地上世界を包み込むように霊的世界は実在して、むしろ霊的世界は地上世界と渾然一体化しているのが真実である。 水に溶かした片栗粉が固まるように、水溶液が個体に変化する姿こそが、霊界(水溶液)と地上(固体)の相関関係でもあります。 海の水が太陽に温められて、水溶液が蒸発して気体に変化する姿こそが、地上(固体)と霊界(気体)の相関関係でもあるのです。 人間の本体は一つの霊意識であるが、肉体生命を集めて人体を構成して霊意識が宿る流れは、人間を創造した創造主が地上人間に組み込まれたシステムでもあります。 本来は霊肉は一体であります。 それは意識というフィルムに光が当たれば影が出来る…。 この場合の光は創造主の光明であり、意識は人間の霊体であり、影は地上に映し出された肉体生命であると言うことです。 しかし地上世界の立場から推測すれば肉体に霊魂が宿るという考え方も間違いではないのです。 それは立場による視点の違いであって、だからと言って霊界を否定するものではない…。 霊界を否定する者は、自らの命の存在をも否定するものである。 機械を動かす為には動力と潤滑油が必要であるのと同じように、肉体を生かす為には霊意識と衣食住が必要になります。 霊魂が宿らない肉体は単なる屍であり、自然風化の果てに全て朽ち果て、宇宙の要素に還元されるのが肉体生命の行く末であります。 それでも霊体意識は永遠に生き通しであるが故に、地上世界での全ての経験を魂の成果(良し悪しに関わらず)として心に刻み、新たな転生輪廻に臨むのであります。 霊的世界は膨大無限なる世界であり遠大無窮なる世界であります。 霊界の立場(立脚点)からすれば地上世界は一握りの塊に過ぎません。 地球という名の生命活動を営む現象体の中に、数十億の人間が諸生活を営んでいる…。 これと同じような惑星が皆さんの銀河には約二千ほど存在するのです。 それでも現象体としての三次元世界は、霊的世界からすれば一握りの塊に過ぎないのであります。 こうした話を前提にして、肉体生命を超越した精神世界以降が霊界であると言い得るのですが、霊界は肉体生命を含めた物質文明を活かしながら霊意識を生長させることが主目的になるのであります。 |