091 天国は善人の魂故郷

 

地上世界で生きる間に、良し悪しに関わらず様々な経験を通して魂の傾向性が構築されます。

その魂の傾向性が如何なる状態になっているかで、因果の理法に従った霊的世界に引き寄せられて行くのであります。

古来より霊界には天国と地獄が存在すると言われております。

こうした見解も地上世界を立脚点とした見識であり、相対的解釈が得意な物質文明には有りがちな白黒採決から、霊界を天国と地獄にザックリと切り分けた考え方なのでしょう。

こうした地上世界なりの認識を用いれば、肉体死後には魂が赴く世界は、心の傾向性の比率を精査して善なる性質が多ければ魂は天国に帰ります。

また心の傾向性の比率を精査して悪なる性質が多ければ魂は地獄に落ちるのです。

これは魂の傾向性を比重という観点から見ても同じであり、一つの比喩を語れば魂が霊界に里帰りする途中には関所があり、その関所で魂の重さを測られることになるのです。

地上で生きていた頃に欲望や願望が多く、執着や偏見が多かったなら、物質世界の欲得願望に拘り囚われることで、それらの未練は魂の重荷となって本人が背負っている状態であるのです。

霊界に里帰りしても魂が重ければ其の重さに従って深い淵に沈んで行くのは因果の理法としても当然とも言える自然な姿であります。

重きものは其の重さに耐えられず深海の底までも落ちて行くのであります。

それとは逆に地上的な欲得願望や執着偏見などの物理的重荷がなければ、魂は軽々と上昇して光が満ちる天国に昇華する(浮かばれる)のです。

つまり天国に帰天する魂は地上世界に於いて、精神的善意を多く積んだ心の傾向性になっていると言うことであります。

天国に帰るも地獄に落ちるも難しい判断基準は必要がなく、人間として善意に生きたか悪意に生きたか、その心の比率は如何なる状態であるか…。

こうした事実を自らの本心に問い掛ければ分かるはずであります。

しかしこの問い掛け(自己反省)が出来ない人が多くなりました。

これが近年の魂の帰天率が五割まで落ち込んだ理由であります。

神の子の自覚を晦ますものは自己陶酔である。

この自己陶酔に使われる最大の毒酒は五毒(我欲・欺瞞・愚弄・下劣・傲慢)であり、とりわけ驕り高ぶりが意識を錯乱させる急先鋒になっているのであります。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】