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096 如心は観自在力超越 |
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観自在力も漏神通力も極みなき神力が発揮され、その威光は留まる処を知りません。 それは観自在力も漏神通力も創造主から放射された慈悲慈愛の光明そのものであるからです。 創造主は無限であり永遠であり、制限は無く極みも無い大力量霊光であります。 溢れくる慈悲慈愛の光明は無尽蔵なる聖泉であり、尽きることなき結びの光明であります。 その聖なる光明(大力量・大調和)を時代に応じ次元に応じ、諸々の個性に応じた配分で使い分ける徳性が、実相神霊(如来の霊格を有する大神霊)の偉大なる徳力なのです。 そのため一時代一国家に地上に降臨する実相神霊は通常は一柱のみでありますが、地上世界の建て替え立て直しの大浄化の時代や、真理の黄金期に金字塔を打ち立てる時代には、複数の実相神霊が地上に並び立つことも有り得ます。 しかし同時代の大半の人間には其の存在が分からないまま時代は進み、実相神霊の功績が正常に評価されるのは、大神霊たちが地上を去った後になるでありましょう。 混迷する時代背景であるからこそ実相神霊が光臨されるのであり、混沌極まりない時代に於いて地上世界の多くの人間には、大神霊の徳高き神格が理解出来ないでありましょう。 偉大なる徳性は其れ相応の徳性を有した者にしか智覚出来ない…。 ここにも類が類を呼ぶ心の法則(因果の理法)が自然自走の神縁展開を果たすのであります。 縁なき衆生に神縁を築く為には、地上世界に徳育を網羅させる必要があります。 20世紀の知性の時代に世紀末を齎したものは徳育を放棄した人間たちの邪まな悪育でありました。 人心を顧みない利益追従主義や刹那を楽しむ快楽至上主義などが、当然の事のように社会を支配していたのです。 迷妄狭霧の最中にあっても一筋の光明が大地を貫き、轟く黎明は神縁深き幾多の人々を覚醒させるでしょう。 地上に光臨した実相神霊は、光明の剣(観自在力)と光明の鞘(漏神通力)を附帯して、時代に応じ環境境遇に応じた神理を、対機説法を通して地道に伝え残すでありましょう。 如来心の如意宝珠御霊は実相世界に通じています。 それでいて各霊層・各霊域を智覚教導する神徳を身に宿している。 21世紀を迎えた現代は、光明の黄金時代が既に始まっています。 この事実に一早く気付いた光明の天使たちも、既に覚醒を果たして使命役割を担い始めています。 |