100 謙虚

(真実の愛の探究者として己を律して心を磨くべし)

 

個性が輝く時代には優秀な人材が多く現れてまいります。

飛び抜けた才能は其れ相応の努力の成果であります。

凡人には届かない高みに達した人を衆生は天才と言いますが、そうした誉れに自惚れて其の後の努力を忘れてしまうのであるなら、本人の才能ではなく周囲の好条件に助けられた単発的な結果に過ぎなかったと言うことでしょう。

本来の天才は高みに達する事実のみではなく、その高みを維持継続する力量にこそ天才の証明は測られるのであります。

前人未踏の新境地を開発し続ける意志と実践により、高い境地が維持継続されてこそ後世から天才として賞賛されるのです。

努力には精進が必要である。

精進なき努力は無謀な体力消費に繋がり兼ねない。

心を磨かない努力は悪の道にも通じてしまいます。

今の自分の刻苦勉励が神の心に叶うものであるのかどうかを精査する貴方であれ…。

日々積み重ねてきた技術が人の道に叶うものであるのかどうかを精査する貴方であれ…。

精進とは心を磨く魂の修行であります。

邪まな思いを脱ぎ捨てる魂の浄化であります。

精神訓示の第四は謙虚である。

真実の愛の探究者として己を律して心を磨くべし

結局は何の為の努力であるのかを人は試されているのです。

その本来の目的が貫かれているのかを常に問われているのです。

こうした話から本来の天才の在り方を推測すれば、天才(天来の才能)は神の子の自覚を維持継続しながら、愛の想いを深める方向に才能が開花するべきなのであります。

人間社会に長らく浸っていると、どうしても地上的な汚濁に染まりがちである…。

この心の穢れは或る意味で仕方のない事実であります。

しかし其の穢れを何時迄も放置することが人間としての罪であるのです。

心の穢れを摘み取る作業は、皮膚に浮いた垢を洗い落とす行為と何ら変わらないのです。

心の穢れを放置する思いは自己過信から沸いてくる心の驕り高ぶりであります。

自己過信を長らく見破れなければ迷妄心は盲信となって手が付けられない状態になるでしょう。

そうならない為にも自己を律して常に心を磨く必要があるのです。

 

 

 

37 霊性開示 【如意宝珠編】