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102 反省 (常に自らの足取りを顧みて智恵と教訓とを見い出すべし) |
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かつて地上に生まれた人間の中で完璧な魂は一人も居ません。 100%の理想的な人生を生きた人間も一人も居ません。 悔いの無い生涯を貫いた人間も皆無であります。 個性ある人間として地上に生まれたからには、それだけで既に完成ではないのです。 それが地上人間として生まれた意味であり、人として生きる意味でもあります。 驕り高ぶりは禁物である。 シッカリと地に足を付けて、コツコツと地道に一歩ずつ歩みを続けるべきである。 偶然など一つもなく、タナボタなど一つも無い…。 善し悪しに関わらず総ては必然の経過を辿り、当然の結果を導き出すのであります。 悪しき思いを心に抱けば悪しき経過と結果を招き、善き想いを心に抱けば善き経過と結果を招くのです。 神社で願い事を祈るだけで御利益が授かる訳ではなく、その願い事に即した想いと行為を実践することで願い事が叶う経過を辿り結果に至るのである。 その純然たる精神にこそ神仏の御加護が寄り添って、その守護指導の経過を得ることで御利益としての結果に結び付くのであります。 主体性が無ければ神々は手を差し伸べては来ないのです。 人間は操り人形では無いからであります。 そうであるからこそ貴方は貴方の正しい意志で人生を構築するべきである。 そうして日々心を顧みて、足取りを自己チェックするべきであります。 精神訓示の第六は反省である。 常に自らの足取りを顧みて智恵と教訓とを見い出すべし 自主的な軌道修正が無ければ人間は何処まで行ってもロボットのままであります。 自由意思を持つと言うことは、自己反省を通した軌道修正を期待されていると言うことです。 神の子の自覚を見失った人間は肉体に具わる感覚の奴隷となり、衝動に翻弄された感情の奴隷となるのです。 全ての現象には具体化した意味があり、凡ゆる問題には必ず解答が隠されています。 完璧な人間など一人も居ないのが現実であるなら、日々の思考や行いを時折り顧みて精査する貴方であれ。 反省に良くないイメージを染み付けた者は誰なのか…。 遣りたい放題したい放題のプラス思考や、真理を無視した光明思考などが末法の世に流行り、ビジネスの世界に蔓延る常勝思考などが却って人間の足腰(精神)を弱めたのであります。 |