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106 謙虚を見失った彷徨い人 |
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今一度繰り返します。 傲慢と謙虚…。 これが現代のスフィンクスの謎解きであります。 謙虚は悪しき習慣を善なる習慣に改めさせるものである。 また謙虚は魂の傾向性に善なる習慣を着実に根付かせる(身に付けさせる)ものである。 更に謙虚は神の子の自覚を深めさせて愛なる心を呼び覚ますのである。 従って自己過信(自意識過剰)は謙虚さの欠如であるのです。 また傲慢に陥った迷妄者たちに足りないものは忍耐力・霊耐力であります。 実相世界から地上に降りた光明の天使たちにとって、謙虚の姿勢は命綱に他なりません。 例え目先の勝負に負けたとしても傲慢の誘因に負けてはならんのです。 例え権力に屈しざる負えない辛い時期を過ごしたとしても傲慢の迷妄に屈してはならんのです。 貴方は貴方の使命を貫き、天命を生きることが光明の天使の天職であるはずです。 そうであるのなら小さな歩みであっても日々淡々と目的を果たす貴方であれ。 コツコツと小さな努力を積み重ねる貴方であれ。 精進を怠らぬ貴方であれ。 謙虚は自主性を呼び覚まし自立を助け自律自戒を身に付ける命綱であります。 この命綱を見失った彷徨い人は現代に溢れています。 謙虚を見失った迷妄者が新時代(光明の黄金期)の到来を遅らせたのであります。 徳育を放棄したままでは日本人に未来は無いのです。 それに気付いている人は本当は多いけれども、それに気付かないフリをしている人が大半である。 こうした社会の現状で民主主義は時代を捻じ曲げる方向にしか機能していないのです。 大半の傲慢予備群は謙虚を否定して自己都合優先の刹那的快楽を支持しているのです。 今(自分)だけ良ければ何でもありの民主主義に陥れば国民の負債は更に膨らみ、その借金だけを将来の子供たちに背負わせるのである。 こうして民主主義は其の性質上、無責任な迷妄者を量産して自堕落な傲慢人間を其のまま放置したのであります。 |