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001 大戦後に放棄された大和精神 |
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20世紀の人類は科学の力が発展して、文化文明の興隆を果たしながら人間力も進化させてまいりました。 様々な国に綴られた伝統は、個性化という独自性に彩られて、互いに相容れない壁を築いてしまいました。 その独自性に拘れば拘るほど排他的意識が強くなり、哀しいかな人類は問題解決の最終手段に力の倫理を使用するに至りました。 初めは威嚇の為の恐怖を与え、やがて痛みを伴う打撃を与え、聞き分けが悪ければ一方的な破壊行為に走り、行く末は大量殺戮の暴挙となったのです。 結局のところ人類に齎した科学力は、強力な自我を押し通す為の道具になったのであります。 人々の真なる幸せの為に、偉人たちが人生の大半を費やして発明発見した近代科学は、その殆どが強欲を得る為のアイテムとなったのです。 本来は物理的科学力の発展には、人道的な精神教育が必要不可欠であります。 危険な道具を扱う為には正しい使い方を学ばなければならない…。 殺傷能力を含んだエネルギーを利用する為には慎重な安全対策を講じなければならないのです。 人類は力の倫理を甘く見た報復(痛手)を20世紀後半から21世紀前半に掛けて受け続けています。 こうした近未来の現状を遥かなる神世の時代に予想した国家がありました。 個別の文化を統合して和する調和国家を目指して意図的に創造創化された国家が、皆さんの住まう大和国日本であったのです。 大和国は世界各地の神霊層から高級神霊が高い理性を持ち寄って、合議の末に構築された大和の理想実現を目指した調和国家でありました。 その理想実現(統一国家)の為に幾度も大きな戦いが起こりましたが、日本という小さな島国が一つの国体として存続してきた背景には、高天原の神々の御尽力(守護指導)があったのです。 その最たる御尽力は国民たちに大和の心を根付かせるところにありました。 大和の心は争いに際して和睦を旨とします。 お互いの心を配慮した合議を大切にします。 国家としての守護指導は大和(結びの心)の理想実現に付与するものであり、この大和の心を放棄した人間には高天原の神々からの守護指導は有り得ないのです。 しかし太平洋戦争に於ける敗戦以降、日本人には個別意識が蔓延して、大切な大和の心が見失われてしまいました。 大和の心が放棄されたなら、もはや日本は国家ではなく、仮初めの烏合の国民(自我と自我の相剋が絶えない社会)と成りつつあります。 |