003 貴族歌人等が残した大和の心

 

歴史の混迷期に頼りにされた武士道や騎士道は平安を忌み嫌う節があります。

厳しい環境や境遇に自ら飛び込んで魂を鍛える厳しさがあります。

自分の性格的な甘えに強くなければ貫けない世界観でもある。

それでは大衆救済には難しく、大調和には遠いプロセスになってしまいます。

つまり平安期の武士道や騎士道は階級制度を色濃く残すことになるのです。

そこにバックボーンとなる心の教えが存在しなければ、カースト制度は固定された運命論で終わってしまうのです。

人間は誰もが魂を磨いて人徳を高め続ければ、因果の理法は素直に展開して高次元神界に里帰りすることが出来るのです。

地上世界にのみ展開する階級制度など、霊的世界に帰れば懐かしい過去世の記憶程度に薄れて行くのです。

霊的世界を頑なに否定した暗黒時代を人類は脱却しなければならない…。

その為の予備材料を準備する目的で、光明の天使たちは心の教えを地上に降ろすのであります。

かつて貴族階級の中に魂の調べを奏でた有能な歌人たちが存在しました。

彼らが残した和歌や川柳の中には結びの心を盛り込んだ大和詩(やまとうた)も謳われています。

聖徳太子が和光同塵を強く説いたように、結びの心が在りてこその大和詩であるのです。

有能な歌人が残した歌の数々には命の宿らない現象物など一つもないはずです。

道端に転がる石ころにさえ心が宿ると謳われている…。

野山にも川海にも樹々にも草花にも精霊が宿ることを前提で謳われている…。

これこそが文化を高める為に地上に降りた光明の天使たちの高い徳性の発露でありました。

これこそが日本民族に大和の心を忘れさせないように、数多の神々が下生して歴史に刻み残した光跡であったのです。

ましてや恋人や友人、家族や先祖に繋がる魂の結びを、歌人たちは言霊を用いて大和の心を詩歌に込めたのであります。

自分が時には迷うように相手も迷うことがある…と。

誰かを愛おしく思う気持ちが相手の中にも存在する…と。

悲しみも苦しみも分かち合えば軽くなる事実も、喜びや楽しみも分け合えば増幅する事実も、歌人たちは詩歌の中で赤裸々に謳ったのであります。

こうした文化の高みを衆生が放棄した時に、個別意識の権化となった現実至上主義者たちは、心を見失った彷徨い人に成り果てたのであります。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】