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004 神々の真なる願いは人類救済 |
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かつてどんなに時代が混乱したとしても、庶民の生活には信仰がありました。 現実に埋もれた人生の中にも、先祖代々に繋がる霊的意識がありました。 日暮らしの生活の中にも神々に対する謙虚さ(恐れ畏み)がありました。 そうした心が現代人には何処へ行ってしまったのでしょうか…。 霊界を否定しなければ自分を保てないのでしょうか…。 神を否定しなければ好き勝手な生き方が出来ないのでしょうか…。 大戦(太平洋戦争)後の日本人には西洋思想の個別分断化意識が蔓延して、個性の自由意思のみが全てであるかのような錯覚を持つに至ったのです。 個性が尊ばれるべき本来の理由は全体意識の中での役割分担としての個性意識であります。 しかも主体的な積極意識でありました。 個人的な自我意識のみで生きることは容易いが、人間には共通概念としての心があります。 痛みも苦しみも喜びも楽しみも共有することが出来る共通概念があるのです。 その共通概念を自ら断ち切る若者が増えて、一人きりの自己限定(個別世界観)に閉じ籠る人間が増えたのが現代なのです。 意思疎通が出来なくなれば社会に蔓延するものは疑心暗鬼であり嫉妬怨恨であります。 現代の世の中が狂気に満ちている現状に気付かなければならない。 もう手遅れかも知れないが諦める必要はないのです。 徳者たちは知っています。 夜明け前の暗闇が最も暗いのであると。 真なる幸せの前が最も苦しみを伴なう時期であると。 最後の望みをシッカリと掴んでいれば人生の大転換期を迎えることになります。 希望は数多の神々の意識に繋がっているからです。 神々の真なる願いは人類救済であります。 地上に生きる人間を一人残らず天国に導き誘うことが、神々の真なる願いである。 その為にも大和の心を地上に浸透させなければならないのです。 神道とは随神(かんながら)の道に人生を浸透させることである。 神の子の自覚を取り戻して霊性に目覚めることである。 日本人にとって何よりも大切な大和の心を、今こそ見直す時期に来ているのです。 こうした話を前提にして、次章から語られる歴史に埋もれた秘話を綴ることになるのであります。 |