015 大和精神の根源は天の高天原

 

諸外国には唯一の神(創造主)のみに対する信仰心が説かれる国があります。

その国の信仰からすれば唯一神以外の神は創造主の御使いであり、其れ等から外れた信仰は邪神に対する偽りの信仰心になるのです。

創造主に並び立つ神は居ないという観点からは至極当然な信仰心でもあります。

しかし日本の霊的磁場には多神教としての信仰心が有り得ます。

これはどういう意味合いとして智覚すれば良いのか、甚だ難しい問題でもあるのでしょう。

前章(歴史埋秘)にて説明された如く、大和国日本は諸外国からの移住を受け入れて、様々な文化的要素の大和(調和)を試みてきた多民族国家であります。

渡来民族は特有の宗教観を持ち寄り、その教えの根幹を日本の地に根付かせたのです。

日本神道の基礎が構築されるまでには数千年の時を経る必要がありました。

様々な宗教観は民族の壁を越えられず、狭い島国である日本の地方には其れなりに力を持つ豪族が王朝を持つに至りました。

正式に名前が残っているのは出雲王朝や富士王朝、邪馬台国やアラハバキ王朝などですが。

更に地方には大小様々な聚落王朝も点在して、夫々に纏まりを維持した中小社会が各地に営みを持っていました。

そうした島国日本を一つに纏めんと動き出したのが南九州王朝であったのです。

南九州王朝には高天原から数多の高級神霊が天降り、理想的な祭政一致の統一王朝になっておりました。

その手法を用いて地方の豪族に共和を求め、和睦を旨として吸収合併を臨み、多くの豪族は恭順する形で争う事なく共和して行ったのです。

それが出来た背景には天の高天原の神々の御尽力があればこそで、地上人同士が直接交渉を重ねる前に、霊天上界では既に互いの豪族を導く神々が話し合いを済ませていたと言うことです。

こうした事実は現代には記録が残されていませんが、太古の人々は魂が純粋で人徳が高かった為に、多くの人々が霊性を開いて生きて居りました。

日々の祈りは直接神々に届き、神示を受け取って祭政の規範としていた時代です。

また太古の人々は魂が清らかであるが故に、言葉(会話)が少なくとも分かり合えるからこそ、以心伝心は互いの心境を配慮し合って心の結びに繋がるのであります。

これは疑心暗鬼に迷って個別意識に拘り囚われる現代人には信じられない世界観でありましょう。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】