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016 産巣日の精神とは霊性の結び |
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結びの心は形態ではなく、形なき魂の結びであります。 総ての人間は潜在意識下で一つに繋がっている。 喜びも悲しみも共有出来るし、楽しみも痛みも共感出来るのです。 この事実を忘却するからこそ互いの心が見えなくなるのです。 自分だけの都合や我儘を抑えられないからこそ暴挙は起こるのであります。 肉体同士の結びは物理的形態であり、そこに魂の共有が無ければ感覚感情の奴隷となるだけである。 人間同士の団結に心の結びが無ければ単なる烏合の衆である。 本来の結びの精神は霊性の結びであり魂の一体化であります。 心の中で分かり合えれば社交辞令さえ必要が無くなります。 相手の気持ちが痛い程に分かるからこそ、いつも事前の準備が施せるのです。 これが日本人の魂の奥底に眠る大和魂(大和精神)であります。 霊性を開いて心の世界に入れば、其処には霊人たちが住まう天国に(地獄にも)繋がっている…。 更に魂の奥底に至れば神々の世界にも繋がっている…。 これは一部の特定な人間の話ではなく、誰一人漏れることなく総ての人間(生命体)に当て嵌まる真実であります。 この事実を実感する為には心の世界に蔓延る迷妄狭霧を吹き払わなければならない。 それが古来より叫ばれてきた禊祓いの重要性なのです。 この禊祓いを敢行された心の純度に従って、魂が帰り着く心の故郷が違ってまいります。 天神地祇は天つ神・国つ神、数多の神々を総称した言葉ではありますが、何らかの方法で魂の禊祓いを実行された公的意識は霊的世界の表側(光明世界)に里帰りします。 また何らかの方法で魂の禊祓いを実行された私的意識は霊的世界の裏側(独善世界)に里帰りします。 また何ら魂の禊祓いをしないまま遣りたい放題したい放題に生きた自我我欲意識は、霊的世界の下側(迷妄世界)に落ちて行くことになります。 これは自然の発露であり、何人も逃れられない心の法則(因果の理法)であります。 禊祓いと言っても何も難しい行法をする訳ではなく、常日頃から心を顧みて反省回顧するだけのことです。 周囲に対する自らの影響を顧みて自己チェックするだけのことなのです。 此れだけの僅かな顧みる気持ちさえ、個別意識に拘り囚われる現代人には難しい事のように思われています。 |