031 霊性を辿れば氏神に至る

 

それでは地上世界に生きる人間の氏神が何方であるかを明確に断言することが出来るのか…。

これはもう連綿と伝わる正しい家系図でも無い限り、認定や限定は難しいでありましょう。

それに伝え残された家系図そのものが本物であるか否かも疑わしいのが現実であります。

歴史上の乱世の高波を幾つも掻い潜って現代にまで無傷で伝わる正統史は少ないはずです。

殆どが加筆や改竄をされたり、時の為政者の暴挙(御都合)によって廃棄されたのです。

そのため特定の家系の魂のルーツである氏神が何方であるかを記録から見定めることは困難です。

ただ一つだけ家系のルーツを探る方法があります。

それは個人的に霊性を開いて自己自身の魂の傾向性を知る事で、その奥深い霊質を精査すれば徐々に正確な解答が観えてくるのであります。

皆さんの霊魂には想念帯という記録の宝庫が連なっています。

この想念帯には個生命が創造された当初から、起こされた事物は元より心に想い描いた愛心から、自己都合で思い惑んだ自我心まで、一部始終が記録されています。

都合の悪いものを全て捨て去ったとしても、心の記録(想念帯)は消しても消えない霊筆で刻まれています。

人間の死後、遣りたい放題したい放題の我儘で周囲に迷惑を掛けて生きてきた人間が、その悪態を閻魔大王に悟られないように闇に封じたとしても、其の迷妄者の想念帯を閻魔大王が覗き見れば、本人の全ての悪態が明るみに出るのである。

そのため閻魔大王が採決した霊界での行き先に間違いは無いのであります。

その誰もが霊魂に持ち歩いている想念帯を読み解けば、自己自身の魂のルーツ(氏神)も刻まれているのです。

反省回顧を繰り返しながら魂の傾向性を注意深く精査する過程で、所々に気付きの要素が垣間見えるようになります。

すると自分の本来の正体(過去世総観)も徐々に観えてくる…。

最初の内は俄かには信じ難い現実であっても、反省回顧の時間旅行を繰り返す内に、時には肯定したり否定したりしながら、徐々に受け止めざる負えない現実(霊質)となって、何時しか其れが確信に変わるのであります。

努力を続けるものは其の努力を諦めない限り、何時かは必ず正解答を得る機会が訪れます。

その時に甘露の法雨は歓喜と共に頬を流れ、素直な純粋霊質で魂のルーツを受け入れることになるのです。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】