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035 健康長寿 |
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大和精神を語る時には大切な観点があります。 それは人間の命が永遠に生き通しの生命であるということです。 大和精神と死生観は密接な関わりがあり、時代を越え転生を超えて魂の関わりが続いて行くものであるとの前提に立つことで、大和精神の真髄が明確になるのです。 正しい死生観を持つことで健康長寿に対する考え方も変わってまいります。 人間の命が人体(肉体生命)の死をもって全てが終わりだと思い違いをするところに、生老病死に対する恐怖感が頭を擡げるのです。 その恐怖感から逃れたいと思い惑うからこそ、普段の生活では無縁な人々も神社仏閣に赴いて神や仏に縋るのであります。 それでも神仏との縁を深める機会となる訳で、神や仏に御利益を求める気持ちを全て否定することは出来ないでありましょう。 実際の話で、神前や仏前にて御利益を願う真剣な祈願は、その神社仏閣を司る神仏(殆どは神仏の御使いであるが…)に全て聞かれています。 しかし大抵の願いは利己的な欲得願望が多く、誰かを誹り呪う願いは問題外であるが、自分の損得ばかりを求める祈願は、神仏は参考程度に受け流すのであります。 欲得願望を叶えてあげたところで祈願者本人の人格が高まる訳ではなく、寧ろ幼子のような我儘を助長するだけであることを、徳の高い神仏ほど明確な真理として悟って居られるからであります。 祈願者の思いが自分の事ではなく誰かの幸せを想う祈願であれば、神仏は真摯な心持ちで親身になって祈願者の心を受け取るのです。 信仰の世界にも心の法則(同類相通ずる親和性)が作用して、祈願者の他者の幸福を想う願いと、神仏の人類救済への想いが、同じ大和精神(結びの心)であるからこそ、神仏は手を携えたくなるのであります。 例えば健康長寿の願いを利己的願望として祈れば、その利己心は本人の我心(自己中心)を心の法則として強めて、益々強欲さが増して偏屈者と成り、その強欲念の物質化現象で癌や肺炎などの病状を現し易くするのです。 癌は頑強のガンであり、肺炎は排除する縁のハイエンであります。 これが利他的祈願となれば其処には自己意識が薄れるからこそ、病状に通ずる思念も弱まり、他者の健康を願う祈りが、結局は他者にも自己にも想念展開を物質化させて、其処に神仏の人類救済愛念が寄り添うからこそ、自他共に健康長寿が果たされることになるのであります。 |