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044 鎮護国家 |
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ここまで神社仏閣での参詣に於ける御利益について語ってまいりました。 御利益に対する様々な見解はあれど、その御利益に対する見解が自己の収益に帰結するなら、人間の神社参拝の祈願は迷妄邪説を纏いながら、偽りの幸福観念を追い求める彷徨い人と成り行くでありましょう。 こうした歪んだ信仰が地上世界の人間倫理を狂わしてきた原因の一つです。 自分の幸せは願うが他人の幸せを妬む…。 自分の楽しみは善とするが他人の楽しみは悪とする…。 自分の基準は良しとするが他人の基準は罪とする…。 詰まるところ自分は常に正義である(正義でありたい)という願望が、本人の心の中に居座っているのであります。 これが利己心の魔となって人間社会を大混乱に陥れている毒巣である。 利己心者(自己中心者)は自分の都合を優先にした思考を展開しています。 自分勝手な解釈で我儘を通そうとします。 そこに策略や計略を用いた偽善者も便乗して世は益々混乱させられるのです。 現代人の利己心を此処まで歪ませた遠因は個々人の驕り高ぶりであります。 魂の傲慢化は人間関係を益々個別分断化に落とし入れて、五悪の毒酒に自己陶酔する迷妄者を量産するのです。 その迷妄者たちが肉体死後に地獄の迷妄霊となって地上世界にムクムクと這い上がり、悪霊憑依の悪態をキョンシーの如く繰り返すのです。 こうした魂の迷妄傲慢化を鎮める為に新創世記は地上世界に降ろされたのであります。 国家の混迷を鎮める為には、国民一人々々が目覚めなければならない。 世界の大混乱を真剣に鎮める為には、神々に選ばれた多民族国家である日本民族が、一枚の巌となって青多とした苔が生すまで魂を一体化させなければならない。 全ての日本人が大和精神を取り戻して、魂の理想(祈り)が鎮護国家に向かわなければならない。 もはや自分だけの幸せ追求では地球人類は救われない事実を知るべきであります。 哀しみの時代背景はあれど、国家のため家族のために命を捧げた御霊が沈む護国神社に、国主が参詣することを許さない民意は、遠い未来の徳高き若者たちから誠に残念な気持ちを持たれるでありましょう。 |