|
050 南西九宮 |
|
次に南西九宮ですが、此方も本来は中央に神州を定めて、南西に九柱を立てて南西九宮としております。 現代の社殿としての南西九宮は、白山比盗_社(石川県白山市)多賀大社(滋賀県犬上郡多賀)北野天満宮(京都府上京区)春日大社(奈良県奈良市)大神神社(奈良県桜井市)橿原神宮(奈良県橿原市)熊野本宮大社(和歌山県田辺市)金刀比羅宮(香川県仲多度郡)宇佐八幡宮(大分県宇佐市)…以上が南西九宮の宮居になります。 夫々の主祭神は白山比盗_社(白山比淘蜷_)多賀大社(伊邪那岐大神・伊邪那美大神)北野天満宮(菅原道真公)春日大社(建御雷大神)大神神社(大物主大神)橿原神宮(神武天皇)熊野大社(家都美御子大神)金刀比羅宮(大物主大神)宇佐八幡宮(誉田別神)で、此方も多大な信仰を集め広範囲から分社末社を望まれ、多くの民を見守り導いて来られた神々であります。 近畿中央に数社が混在している理由は、太古の昔より京都奈良辺りは天皇家を崇拝した都が多く、それに伴って大和民族の人口が密集していた背景があります。 国家の本家である天皇家ならびに伊勢神宮を護り導く為に、紀伊半島には多くの宮居が必要となったのであります。 また九州は神話の故郷として絶大なる神霊域が敷かれている為、謂わば禁足地に近い扱いを古代の人たちは心に抱いておりました。 火山活動が盛んな火の国として神性な聖域に見立てていた節があります。 こうして北東九宮・南西九宮が天地の高天原の意向を放射する拠点として、現象的な宮居を残すことになったのであります。 その容姿は中央(神州)から南西・北東に双頭の龍神の如く伸びて、人為的な外敵や自然災害などから大和の民を護り導いて来られたのです。 日本の歴史上で度々起きた大災害時は民意の低下が原因で、大和精神が蔑ろにされ、正しい信仰心が気薄となった時代でありました。 そうして現代の日本人も稀に見る精神凋落を見せて、数々の天変地異を呼び込み引き寄せている…。 これも逃れられない心の法則(因果の理法)であります。 現代人は正しい信仰心を取り戻す必要があります。 個人的な私利私欲を排して、浮き足立つ不安定な精神を戒め、日本古来より連綿として大和国を見守り導いて来られた高天原の神々に対する感謝報恩の心を、大和精神と共に蘇らせる必要があります。 |