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059 死返玉(まかるかへしのたま) |
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地上人間が心に抱く最大の恐怖心は、恐らく死に対する恐怖ではないでしょうか…。 ヒタヒタと迫り来る死期を思えば、それが例え寿命だとしても不安や恐怖は消えないでありましょう。 しかし本来、人間の命は永遠に生き通しの生命であります。 地上世界に生きる間だけは肉体生命に依存しざる負えないが、本来の魂に死滅はなく、経験や体験から得た様々な智恵や教訓は、魂の傾向性として潜在意識下に集約されるのです。 そうなると人間の生命が最も恐れなければならないものは、魂の生長を止める悪しき習慣と、生命力を枯渇させる暗黒思想(失望怠惰への誘引)であります。 暗黒思想が目指すものは生命の停止である。 つまり意識の枯渇(生命力に蓋をする)であり魂の忘却である。 永遠の生命にとっての死とは、気力の消滅であり、生き甲斐、遣り甲斐の消失であります。 そうした暗黒思想に繋がる悪しき誘引を、強き意志にて押し返す気力が死返玉(まかるかへしのたま)の神宝なのです。 光明の天使たちが地上世界に光臨して使命役割を遂行する際に、終始闘いを迫られるのは傲慢迷妄であり失望怠惰である。 意識を狂わせ気力を失わしめるような誘引は光明の天使たちを度々威嚇するでありましょう。 その精神的な威嚇は人間の死生観を突いて時には刹那に引き摺り込み、時として絶望挫折に落とし入れるでしょう。 しかしそうした時こそ死返玉(まかるかへしのたま)を貴方の精神世界に浮かび上がらせ、その神宝(死返玉)から四方八方に光明が迸る姿を描いて致だきたい…。 その時に邪まな暗黒思想は、自身の性質が影(迷妄邪説)であることを証明するかの如く、光明を避けて速やかに姿を消滅させるのであります。 人間にとって大切な精神は四つあり、それが夢(理想)であり希望(光明)であり愛(結心)であり勇気(生命)であります。 それらの精神を死返玉(まかるかへしのたま)は増幅して、蔓延る暗黒に法灯を灯す大生命力になるのです。 死に対する恐怖を払拭しなければ地上世界での使命役割を遂行出来ません。 貴方が光明の天使であるとの自覚が少なからずともあるのなら、生死を超越した意識で人生に臨んで致だきたい。 その時に運命の岩戸は音を発てて開き、岩戸の中から目映い光明が差し来るのであります。 |