061 道返玉(ちかへしのたま)

 

死に対する恐怖を払拭する為に死返玉(まかるかへしのたま)があると語られましたが、人間の地上生活に於いて更に厄介な浮遊念の存在があります。

一人の人間が心に抱く想い(思念想念)は然程多くはないのです。

しかし外部から去来する浮遊念は虚空に飛び交い犇めき合って、波長同数の法則に従って人間の心(アンテナ)に飛び込んでまいります。

浮遊念を心のアンテナでキャッチした人間は、恰も自分の意思でヒラメキを得たかの如く思い付いたような錯覚をします。

しかし思い付きをよくよく精査すれば、普段の自分の想い(思念想念)ではなく、環境や境遇を飛び交い犇めき合う浮遊念の影響であったと知ることになります。

そのためには自分自身の魂の傾向性を明確にしなければならない。

他人の性質を鋭く指摘する前に、自分の性質(色眼鏡)を確認しなければ、判断は自分の主観に彩られた固定観念であることに気付かないまま、他者批判を無闇に繰り返すことになるのです。

世間には様々な人生観が溢れています。

個人の主観は本人を基準にした場合のみ有効であることを知るべきであります。

そうしてその主観(霊的磁石)が呼び込み引き寄せる浮遊念は、主観の性質に波長が合うからこそ去来するのです。

悪しき浮遊念を押し返す為には自己自身の心の波長を変える必要がある。

心に臭い匂いを放つ原因塊があるからこそ、同種の浮遊念に感応する自分(感覚・感情)があるのです。

そうした時にこそ道返玉(ちかへしのたま)を心の中に浮かび上がらせ、自己自身の心魂を反省回顧(ピカピカに磨いて心の波長を善導する作業)を怠らないことです。

すると悪しき浮遊念は波長が異なる心には憑依することが出来ず、例え悪意の念として浮遊念が飛び込んで来たとしても、何ら引っ掛かりのない心を素通りして、悪意の浮遊念は其の悪念を発した本人の心に返って行くのです。

何故なら放たれた悪想念に最も波長が合う人間は、其の悪想念を発した本人に他ならず、心の法則(因果の理法)は何人も晦ます事が出来ないまま、自己責任(自業自得)として全てを受け止めざる負えないのであります。

こうして道返玉(ちかへしのたま)を正しく善用すれば、悪意悪念を寄せ付けない健全な心魂が育まれるのであります。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】