062 蛇比礼(おろちのひれ)

 

古事記の神話を紐解けば、伊邪那岐命が黄泉国から逃げ帰る際に、黄泉大神が放った醜女醜男が襲い掛かり、伊邪那岐命は十拳剣を後ろ手に振りながら逃げ帰ったと語られています。

しかし醜女醜男は執拗に襲い掛かり、払っても祓っても追い掛けてくるのです。

この醜女醜男に該当するのは執着であります。

執着が深まると逃れられない蟻地獄に迷い込んだ蟻のように、もがけばもがく程その執着の誘引に引き摺り込まれて深い奈落の底に落ちて行くのです。

執着は執念深い概念となって人間の意識を狂わせる…。

しかしその執着を其処まで深めさせた者は自己自身の思念想念の累積でもあったのです。

十種神宝では執着に対する対抗策として蛇比礼(おろちのひれ)を用意したのであります。

この蛇(おろち)の総大将が八岐大蛇(やまたのおろち)であり、執着の大権化として人間の感覚を麻痺させる愚行を霊的にも演じています。

常日頃から止められない習慣は心の甘えや空虚感から突き上げる衝動のように誘発してまいります。

その有事に意思を麻痺させて執着を増幅させるのが八岐大蛇の常套手段なのです。

その執着誘引を霊的に振り払う事は可能ではありますが、そうした執着誘引を呼び込み引き寄せている原因種が自身の心の中に有る限り、執着は払っても祓っても後を絶たず追い掛けてくるのです。

もうこれは自己自身の意志を強くするしかありません。

要するに十種神宝の一つである蛇比礼(おろちのひれ)は、悪霊悪魔の類を払う為というよりも、その悪霊悪魔を呼び込み引き寄せていた原因種に当たる悪意悪念の方を、蛇比礼(おろちのひれ)で先に打ち払う必要があると言うことです。

この悪意悪念こそ人間の心に巣喰う利己心の魔であります。

利己心の魔の役割は本人の意識を錯乱させる為に過度な自己陶酔へと誘い込むことで、人間の意志をグラ付かせて軟弱な意思にすることが目的である。

意志(利他理想)を意思(利己中心)に摩り替えることで、人間は簡単に意志崩壊させられて八岐大蛇の思惑に引き摺り込まれているのです。

執着を打ち払う為には意志を強くしなければならない。

蛇比礼(おろちのひれ)で打ち払う蛇(おろち)は、執着を呼び込み引き寄せている利己心の魔(自分の中に潜む甘えや空虚感)の方であります。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】