063 蜂比礼(はちのひれ)

 

更に利己心の魔を擁護せんとして悪しき働きをしてくるのが悪感情であります。

悪感情は自己自身の内部に潜む利己心の魔を、周知から晦ます目的で自己展開(負の連鎖)してまいります。

これは巧妙な罠であり自己錯乱の権化である。

全ては悪心(利己心の魔)を見破られないようにするための内的画策であります。

悪心は自己存在を見破られないように周辺汚濁の罪を重ねます。

周囲の民意を低卑させることで、悪心自らの汚泥を目立たなくするのが目的である。

詰まり自己弁護(保身)の為だけの周辺汚濁であり、その利己的目的の為の他者攻撃であります。

それはまるで切っ先の尖った鋭利な槍で他者を突き刺すような醜態である。

これは攻守防衛本能ではありますが、自己自身の内部意識の軟弱さを暴露しているに等しく、他者批判を無闇に繰り返す人間の心が、腫れ物のような敏感肌となっていて、蚊が刺したぐらいの問題でも生死に関わるような大問題として騒ぎ立てるのです。

十種神宝の一つである蜂比礼(はちのひれ)は、外部から突き刺す痛手を払う為にある訳ではなく、心の法則(因果の理法)に従って外的障害(蜂のような毒針)を呼び込み引き寄せていた利己心の魔の方を打ち払う為の神宝であるのです。

利己心の魔は感情を荒立て、情緒を狂わせて、思考回路を大混乱させる張本人であります。

他者批判が多くなってきたなら自己の内部を顧みて反省回顧を敢行し、自分側から感情の起伏を蜂比礼(はちのひれ)で打ち払う習慣が必要なのです。

感情の自己統制(コントロール)が出来ない人間は、悪心(利己心の魔)暴政から隷属的立場に立たされた惨めな人生に堕するのである。

地上世界に舞い降りた光明の天使たちは、尚更のこと感情の自己統制に心を配る必要があります。

人を導く立場にありながら自分の感情すら抑えられない者が他者救済を全う出来るはずもなく、溢れくる乱心を治められない人間は、決して人を導く側に立たせてはならないのです。

こうしたことは徳性開発が説かれる新創世記には当たり前の道義となるでありましょう。

霊性開示の黄金期には、悪心(利己心の魔)擁護は意味を成さない新時代となるのであります。

 

 

 

38 霊性開示 【大和精神編】