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064 品物之比礼(くさぐさのもののひれ) |
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感覚・感情の起伏を抑えたなら全てを乗り越えたような錯覚に陥り易いが、人間の精神を乱心へと引き摺り込むものは多くあります。 新創世記には十根清浄が説かれております。 十根とは感覚意識に作用してくる三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)と、感情意識に作用してくる四大感情(喜怒哀楽)と、更に破壊欲・離別欲・自我我欲を加えて十の迷妄根源を清浄化することを、日々の修練に取り込むことが十根清浄の意義であります。 破壊欲も離別欲も自我我欲も、すべては個別意識に拘ることでムクムクと頭を擡げる迷妄根源です。 これらの迷妄根源から派生する悪心(悪意・悪念)は様々な様相を呈してまいります。 恨み辛み、妬み嫉み…。 種々雑多な心の迷妄が派生して人間社会を大混乱に陥れます。 こうした心の迷妄を放置して久しい現代社会は正に末法の時代を迎えております。 頻繁に巻き起こる事件事故や自然災害を、外部からの障害だと勘違いをしている人々は、自己自身の心の内部に法灯を照らされ精査されたなら其の悲惨な惨状に驚き、数々の醜態が恥ずかしくなり萎縮するでありましょう。 しかし人間が神の子の自覚を取り戻す為には羞恥心も必要なアイテムであり、現状のままでは恥ずかしいと思うからこそ心の浄化が始まるのであります。 外圧に見える諸々の事情は自己自身の心の投影であり、複雑怪奇に絡まった因果の理法が、其の事実をよく解らない状態になるまで放置した自己責任でもあります。 他の何かに責任を転嫁している間は、自己限定の殻を打ち破ることは出来ないのです。 個別意識に拘り囚われる人間には徳性開発は難しく厳しいものに感じられるはずです。 せっかく十種神宝を手に入れても正しい使い方を知らなければ、そこに現れてくる世界観は闘争と破壊であります。 徳者が闘うべきは常に自己自身の内部責任による自己限定である。 十種神宝の一つである品物之比礼(くさぐさのもののひれ)は、自己内部に潜む諸々の原因種を打ち払うための神宝であります。 十種神宝を外敵から守る護身物にしてしまったのは誰なのか…。 形態として身近に置くことで安心する為の現象物が十種神宝ではないのです。 魂に備えれば其れだけで邪気を払ってくれる装飾でもないのです。 十種神宝は魂に附帯するものが正しく扱うことで始めて本領を発揮する神宝である。 要するに大和精神を取り戻した者しか正しく扱うことは出来ないのであります。 |