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069 八尺勾玉は結精神 |
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三種神器の二つ目は八尺勾玉であります。 ここでの八尺も多く連なるという概念であり、一つの勾玉では完全なる球体ではないのです。 勾玉が二つ合わさって始めて丸い円相になります。 男女に於いても陰陽が合わさって円相(縁結)となるように、社会人としての人間関係に於いても、お互いの心掛けや対応によって円相(良縁)になるのであります。 丸い部分を突き合わせると頭ごなしの反発となり、尖がった部分を突き合わせると心無い攻撃となります。 お互いの向き(立場や位置関係)を考慮して、夫々の個性役割を慎ましやかに提供することで、人間関係は角のない円相(良縁)となるのです。 これが八尺勾玉に込められた実相大神霊の願いであり祈りであります。 自分の事ばかり考えている人は、周囲の人の気持ちを蔑ろにしがちなのです。 同じ人間として心の痛みや悲しみを知る者として、相互に他者配慮に尽くした生き方が出来るなら、人間関係は安定した信頼関係が築けるのです。 身内は親身な助け合いとなり、ライバルは切磋琢磨となって生かし合いとなり、人々が寄り合えば心の繋がりとなり、家庭や国家には秩序と調和が実現するのです。 反発からは疑いや憎しみしか生じないが、協調からは信頼と奉公が生じるのです。 八尺勾玉は人と人との心と心を結ぶ大調和のシンボルとして、長き時の流れを連綿と繋ぎとめてきた大和の精神(こころ)である。 聖徳太子が打ち立てた17条憲法の最初に『和をもって尊し』と明示された如く、多民族国家として民族統合を果たした大和国日本の基礎精神は、和解を旨とする民族精神でなければならないのです。 意固地になって横暴を極める大悪人にも、その悪醜態に至るまでの原因と過程があったはず…。 何故その様になったのか、何故に心が歪んだのか、同じ命を内に宿す人間として背後関係を精査する努力は怠ってはならないのであります。 明治神宮の御神体とされる八尺勾玉に合掌して祈るということは、大和精神を素直に受け入れることを意味しています。 人間本来の優しさや美しさを取り戻し、大和の心を基礎精神として真っ当な社会人としての人間関係を正しく築いて致だきたい。 |