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080 平等公平の緻密なバランス感覚 |
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祭祀と政治を分離させず、一つの国の統治システムとして正しく機能させる為には、人間の生命観に平等と公平に対する深い理解と、それらを正しく使い分けるバランス感覚が必要になります。 20世紀末を欲望の時代にまで狂わせた原因は、社会思想に盛り込まれた平等観念と公平観念の対立であります。 平等観念のみを固持する社会主義と、公平観念のみを固持する自由主義の対立が、人類の覚醒を遅らせた遠因になっています。 何方が優れた主義主張かを争い合うことで、仮初めの団結は世界中を巻き込んだ政争となりました。 ハッキリ言って何方も正しい主義主張であります。 しかも何方も不完全な主義主張であります。 足らざる理論が内包されているからこそ、その不足部分を相互で補い合い助け合うのが人類愛であります。 本来は現象世界に実現するものに完璧は有り得ないのです。 物理的な形を現すということが、既に固定化された不完全さの証明になるのです。 平等観念だけでは個人的な努力精進の道が閉ざされてしまいます。 出る杭は打たれ、一律均等の頭打ちは文化芸術の未来を閉ざす既製品社会が現れてくるのです。 方や公平観念だけでは先進的なスピードに取り残された素朴な民衆の基本的人権まで蔑ろにされる危険性があります。 もともと平等と公平は、創造主の意識としては陰極性と陽極性を意味していて、何方の極性も甲乙付けがたい尊い極性であり、創造主は場面(時代)毎に応じて使い分けてきた臨機応変なる対機説法であったのです。 何れも大切な極性であり、双方が人間形成や無限生長には無くてはならない重要なアイテムなのです。 要は絶妙なバランス感覚を期待されているのです。 平等も公平も良し悪しを指摘するだけでは融和点は見い出されません。 お互いの利点を生かし合い、互いの欠点を補い合うことで、主義主張の統一化、祭政一致の統治システムが実現することになります。 否定(消去法)のみでは真実は見い出されない。 肯定(蓄積法)のみでも真実は見い出されない。 人類はバランス感覚を見失った20世紀の悪夢迷夢から、そろそろ目覚める時期に来ているのであります。 |