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090 謙譲の御美徳 |
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黙して語らずとも分かり合える大和精神には大切な心持ちがあります。 それは言わずと知れた謙譲の美徳であります。 自分が自分がと我を張る人間には謙譲という精神の真意も分からないでありましょう。 ましてや損得感情に魂を迷わす迷妄者たちには、幸せの特権を他者に譲る気持ちなど湧いてはこないはずです。 これは個別主義による人権尊重を誤認した現代社会の弊害である。 誰よりも幸せになりたいと思う気持ちが高まって、他人を蹴落としても幸せを得たいと思う我欲者も居るのが現代社会であります。 これは人間の本質が霊性ではなく単なる肉体であると学ばされてきた唯物論・進化論の罪である。 霊界は無い・心は無いと頑なに霊性を閉ざしてきた現実主義・刹那主義の罪である。 そこに物理学を基礎に置く現代科学が物証のみを真実として社会に信奉された為に、学校教育にまで現実史観のみを採用させたのが近代史迷走の始まりでありました。 正しい霊性を見失った人類は、魂の奥底で全ての人間の意識が繋がる事実を忘却しつつあります。 潜在意識の奥底で総ての生命が繋がる共通意識があることを忘れつつあります。 動物も植物も鉱物さえも生命の息吹が宿る事実を軽んじるようになりました。 ましてや同じ人間同志でありながら、肌の違いや文化の違いで序列を決めるような冷たい時代になりつつあります。 こうした時代に謙譲の美徳が説かれることは少ないが、こうした迷妄時代であればこそ謙譲の美徳は説かれなければならないのです。 他者の気持ちを慮ることが出来ないから人間関係に軋轢が生まれるのです。 自分だけの思い上がりを強引に進めるから人間社会に摩擦が生じるのです。 自分の心の痛みや蟠りと同じ感覚を他者も同じように感ずることを知るだけでも、対人関係には温かい風が吹き始めます。 自らが感ずる幸福感情と同じ幸福感情を他者も感じられることを知るだけでも、人間社会には暖かい木漏れ日が射し始めるのです。 その時に始めて謙譲の美徳の真意が理解出来るはずです。 謙譲の美徳は魂の一体化をバックボーンとした他者配慮であり、人類愛の公私の区別を社会認識として語り継がれた大和精神そのものであるからです。 |