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096 日本人の心は大和魂 |
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日本古来から伝わる結びの心は人間同志に限らず、命ある総ての事象に有用でありました。 四季折々の美しさは元より、山川草木や岩石砂塵に至るまで、同じ心(生命)が宿ることを前提にして結びの心は大和精神となったのであります。 それを古の歌人たちは和歌として詠い、庶民は信仰の対象として拝み、湧き出る水も海岸の砂も有り難い気持ちで奉拝したのです。 大切な人との別れに際しても、お互いの持ち物を交換して夫々の御霊代のように安心して持ち歩き、遠く離れた身内の安堵を朝に夕に祈ったのであります。 想いは必ず伝わると信じられる民族性は大和精神の根源でもある。 魂に於いて心は繋がっていると想えなければ、相手の幸せを祝福することは出来ないはずです。 このような日本人の心は大和魂として尊ばれてまいりました。 その大和魂の延長線上に氏神産土信仰が存在するのであります。 日本人の魂のルーツは高天原に繋がっている。 大和精神は高天原の神々との以心伝心であり意思疎通であります。 こうした神の子としての自覚を失えば、たちまち人間は流浪の民となり、心の安堵を見失った野蛮な振る舞いが頭を擡げるのである。 事物を奪い合う人間には大和精神は既に無く、体主霊従の迷妄が人間を獣者(魂が獣化する)と化すのであります。 個別分断化意識は大和精神を忘却した迷妄者たちの暴挙であり魂の故郷を見失った流浪の民である。 現代社会の時代精神には、日本の国民であっても魂を物質文明に投身した流浪の民が多くなり、安住の地に根を張る事すら出来ない浮き草のように、時代の畝りに呑み込まれる運命に翻弄されながら流されるのみであります。 日本古来から伝わる結びの心は何処に行ってしまったのか…。 核家族化が進む現代人には予想すら出来ないでありましょう。 故郷を大切に想う気持ちが薄れ、たった一人で都会の誤謬に戯れながら、心にまで隙間風が吹く人間社会の中で虚しい日々が過ぎ行くのであります。 心ある者は故郷に帰って家族の有り難みを感じて下さい。 生まれ育った風土に感謝の念を捧げて致だきたい。 先祖代々の御霊が拠り所とする土地に産業を興して故郷に錦を飾る人が増えなければ、日本の大地は荒れ野となってしまうでしょう。 現代の地方の過疎化は、日本人の心の過疎の現象化した姿である。 これは結びの心を取り戻さなければ取り戻せない精神の過疎化であります。 |