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097 実相の宝庫を開く鍵 |
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現代人が正しい大和精神を取り戻す為には心の法則を知る必要があります。 心の法則は自我に埋もれた魂を救い出す救世主となるでしょう。 自らの心を、もう一人の自分の視点から客観視することで、自己自身の心の歪みを精査することが出来るのであります。 この客観視が出来なければ正しい反省回顧とは永久に縁遠い魂になってしまいます。 自分本意の反省は基準が利己心となりがちで、自らの失態は簡単に許すが、他者の失態は安易には許さないのです。 コレぐらいは良いだろうとする許容範囲の基準が自分になってしまっている。 その我の強さは変更の余地すら見当たりません。 自分の認識の殻に閉じ籠ったままでは、簡単な反省(軌道修正)すら出来ないでしょう。 つまり問題が起きた原因追求は自己自身には行われず、他者への責任転嫁が多くなるのであります。 こうした自己の魂の傾向性を見つめ返すためには心の法則を学ばなければならないでしょう。 心の法則を知れば知るほど自分の醜態が明からさまに見えてくる。 その時のダメージに気力が萎える時期もあるはずです。 しかし何も知らず(知ろうともせず)何処かの誰かを傷付けていた横暴人間であるよりはマシであります。 或る程度の羞恥心が機能しなければ正しい反省回顧は果たされないのです。 神の子として恥ずかしい思いであった…と、人の子としても恥ずかしい行為であった…と。 心の法則(因果の理法)は目前の障害の根本原因を精査して、主因となる原種を自己自身の魂にも見い出させるでありましょう。 万象の障害に一方的な百パーセントの責務はありません。 たとえ10(自分)対90(相手)の責務であっても自らに10なる機縁責務があるならば、先ずは自分側の反省回顧から始めるべきであります。 そうした魂の傾向性が心に根付いてこそ、始めて自己限定の殻を内部から打ち破る鍵(真理)が観えてくるのである。 その鍵は実相世界(魂の故郷)の宝庫を開く重要な鍵となります。 我の強い横暴な利己主義者には反省など心の隅にさえ見当たらないのです。 我心が基準になっている迷妄者たちは自己の醜態にさえ気付かないのであります。 |