005 死する意味

 

科学の力が進化してきた現代は、不可能と思われてきたものを多く可能ならしめてまいりました。

社会制度や経済流路も進展しつつ多くの夢を成就してきたはずであります。

これは医療に関しても大きな進展があり、数々の難病奇病を克服してきた歴史でありました。

ただ一つ現代科学が未だ解明していない分野は人間の生命の死であります。

現代科学は人間にとって死とは何であるのか…を、未だ解析科学では証明していないのです。

それは何故なのでしょうか?

この答えは簡単で、現代科学は物理の法則を根底にした経過観察を基礎にしているからであります。

つまり過去のデータに依存することで成り立つ物理的想定認識が現代科学の根底にあるのです。

その物理的想定認識との比較対象によって尺度が生まれ、その科学的尺度で推し量れる領域を想定内とし、その科学的尺度で推し量れない領域を想定外(不可思議)としているのです。

そうして現代科学が未だ推し量れない人間の死は、まだ暫くの間は未知の領域として扱われるでありましょう。

この分野は人類が正しい霊性を開けば飛躍的に進展する分野でもあり、本来は人間の魂向上に最も貢献する分野でもあります。

現代人の悩み苦しみの多くは、いつ訪れるか分からな死(終焉)に対する不安や恐怖であります。

この死に対する不安や恐怖を取り除けたなら、人生の悩み苦しみは半減するでありましょう。

例えば人間の肉体生命としての寿命が仙人の如く何百年・何千年も生き永らえる命であるなら、人生観は大きく変化します。

これが善人(トータルで見て)なら多くの良きものを創り出して、社会を豊かに潤す働きになるであろうが、これが悪人(トータルで見て)なら利己的な悪業(我儘)を時代と共に積み重ねるでありましょう。

それを創造主は良しとはしなかったのです。

個別の生命の自由意思を尊重しても、魂を腐らせる方向にばかり進む生命にも、軌道修正(反省回顧)の機会を与えるべく、一定期間が過ぎれば肉体生命の終焉を迎えるように、創造主は人間の魂に転生輪廻のデータを刻んだ(霊性DNAに組み込んだ)のであります。

地球磁場を基準にした数霊の見地から81歳を終焉基点として、あとは本人の自由意思に基づいた生気(魂に懐く生命力)の強弱に従って、地上人間の寿命は伸び縮みするようになっております。

こうした創造主の見地からすれば死すること自体は決して不幸ではないが、自らの我儘で他者の命を絶ったり、自らの命を断ち切る思いと行為は間違いなく罪の部類に入るのであります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】