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022 楽観と忍耐 |
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人間の肉体に付随する痛みや苦しみは、感覚的な慣れ親しみがあるが故に、何時かは乗り越えて行ける苦痛であります。 しかし感情的な苦痛は記憶の中でリフレインする為、繰り返し寄せる波のように幾重にも襲い掛かってまいります。 それをその都度振り払いながら気持ちの上で楽観的に割り切ったとしても、心の中に感情の起伏が残されている以上は、時折り泡の如く沸き上がって威嚇してくるのが心の痛みや苦しみであります。 その心の痛み苦しみを無き物と思い込んでも、原因種としての心の問題を克服しなければ、転生輪廻を繰り返しても永遠に無くならないのが因果応報である。 総ては何時か何処かで心の影として思い描いたものが現象化したのであり、そうした原因種こそを取り除かない限り、現象化してくる問題は払っても払っても同じような問題が現れてくるのです。 苦しみや悲しみをプラス思考や光明思想で楽観的に回避することは出来ますが、それは一時凌ぎに過ぎず、根本的な原因種が取り除かれた訳ではありません。 それでも苦しみもがく中で暫し息継ぎをする為のプラス思考や光明思想は効果があります。 一旦は息継ぎをして平常時に戻れたなら、間髪を入れずに魂の反省回顧に進まなければならないのです。 今だけ良ければ其れで良しと其の場凌ぎを決め込めば、楽観意識は感情の起伏を克服した訳ではないので、更に深刻な問題に膨れ上がった苦痛を呼び込み引き寄せるでありましょう。 その苦痛を呼び込み引き寄せているのが、心の奥底に隠れている利己心の魔(原因種)であります。 自らの心に向き合って正しい反省回顧を行なった者は、自己の内なる問題(責任)に真正面から向き合うからこそ、意志の強さが忍耐力を育てるのであります。 原因種から逃げてばかりいては、何時までも軟弱な心は言い訳ばかりが多くなるだけで、忍耐力も霊耐力も縁遠い人間となってしまいます。 感情を克服する為には逃避(楽観)ではなく対峙(忍耐)しなければならない。 もともと楽観は利己心が司り、忍耐は利他心が司るのであります。 利己と利他は心の針が逆方向を向いている。 人類の共通概念である感情を、利己(閉鎖的な思念)で取り扱えば摩擦が生じることは当然の心理であります。 方や人類共通の概念である感情を利他(開放的な想念)で取り扱えば、想い遣りの連鎖が回り廻って良き運命を呼び込み引き寄せることになるのであります。 |