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023 嫉妬と布施 |
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利己心が人生の主軸(自分の為)となると、個別意識の尺度(物事の基準)が自我(自己都合)と成りがちで、他者との比較を損得感情が支配する為、どうしても嫉妬意識が芽生えやすいのです。 自分だけが不幸を背負っているような錯覚…。 自分には幸せが来ないという決め付け…。 自分の周囲には良い人が居ないという誤解…。 自分の事を誰も認めてくれないという焦燥…。 自分には何も出来そうにないという諦め…。 自分が自分が…と、二言目には自分に我(が)を付ける悪習慣が、利己心を更に深刻な恐怖概念で威嚇しているのは、他ならぬ自分自身の心の習性(魂の傾向性)であるのです。 他人と比較するから嫉妬心が生ずるのであり、人と比べるからこそ優越感情も焦燥感情も頭を擡げるのであります。 自我の強い嫉妬心は自らの魂を業火の縄で縛り付け、それと同時に他者の魂をも縛り付ける愚行に走りがちである。 何故なら嫉妬心と我欲心は言葉こそ違うが同じ原因種が作用しているのです。 その最たる性質(原因種)は奪う心であります。 心の法則(因果の理法)からすれば、奪う者は搾取する心が有る限り、人から人へと略奪心が巡り廻って奪われる者になるのです。 自分ばかりが損をするような心を根強く懐いているからこそ、その不足思念が不足境遇を現象化させるのであります。 これを古くて新しい言葉で説明すれば自業自得と言うのです。 奪う心を改めて、誰かに何かを与えたい気持ちが大きくなり、心の過半数を占めるようになるなら、利己心は徐々に姿を変えて利他心に転換するのです。 布施(与える心)は心の法則(因果の理法)に従って、同種の布施善心者を必然的に呼び込み引き寄せる。 そうして良き運命をも磁石のように引き寄せるのであります。 嫉妬と布施は性質上から見ても対極にあり、魂の向かうべき方向が全く違うのです。 自らの心の針が何方に片寄っているかを反省回顧を通して時折り精査する貴方であれ。 感情を克服することが出来なければ、言い訳の多い惨めな人生を辿ることになるのであります。 |