030 魂半身の条件

 

たった一つの生命から枝岐かれた魂の半身が居るということでしたが、現代は自分にとって誰が魂の半身であるのかを見分けることが難しい時代になっております。

衝動的な好き嫌いで選り分けることで見付かるものでもないし、日常的な自己都合で決められるものでもありません。

性格の好き嫌いは感覚感情的に肌が合う合わないの問題であり、個人的な都合の良し悪しは環境境遇的に反りが合う合わないの問題であります。

何れにしても表面的意識の地上人間としての立場で判断が付くような基準では、魂の半身が誰であるかを見い出すことは難しいと言うことです。

恐らく運命の人として同じ赤い糸を握りしめているなら、必ず何らかの接点が生じるはずです。

生まれながらに近くに存在していたり、良し悪しに関わらず何かしらの関わりを持っていたり…。

それが身近な存在であれば、むしろ一時期は鬱陶しく思える相手であったり、時には敵対関係である場合も無きにしも非ず…。

様々な人間模様の果てに、たった一人の魂の半身を見い出す作業は至難の技であるのでしょう。

しかし魂の半身であるからこそ何らかの接点がある以上は、好き嫌いに依らず、都合の良し悪しに依らず、人生の境遇の中で互いに関わりを持つ間柄にあると言うことです。

すると魂の半身としての条件は見た目では判断が付かず、表面的意識(感覚感情)では判別が付かない問題であります。

まず自分とは何なのか…。

如何なる使命があるのか…。

人生の意義を見い出したか…。

こうした自己存在の見極めが出来て始めて、魂の半身としての役割分担が見い出せるのです。

そのため単なる憧れや好みで見い出せるような代物ではなく、自己限定の殻を打ち破らなければ見えない霊的な絆が、魂の半身の条件として密かに用意されているのであります。

この魂の半身としての秘められた条件を見い出せば、この地上世界での廻り逢いは驚くほど劇的な展開を迎えるはずです。

こうなると距離の遠近は意味を成さず、時間の長短も関係が無くなり、出逢うべき魂の半身は確実に身近な存在として目の前に現れる(その存在に気付く)のであります。

魂の半身としての条件は、お互いの魂の内部に隠し持っているのです。

それを先に見い出すことが小悟であり、互いに見い出すことが中悟であり、二人の魂を一つに結び固めて社会奉仕を行ずることが、生命体としての大悟(結びの大道)であります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】