032 恋愛は段階論

 

恋というものは憧れであり、自分には無いものを対象に求める思いであります。

この思いは異性に限定されるものではなく、同性の優れた姿に対する憧れであったり、人間以外の動植物の強さや美しさ可憐さに対する憧れであったり、突出した自然現象の力量に対する憧れであったり…。

自分に無い何かを外部に求める思念そのものが憧れであります。

その対極にあるものが愛であり、愛というものは相手に与える想いであります。

しかも無償で与える実質的な行動を伴なう想念である。

ここに見返りを求める思念が入ると営利を伴なう商売となって、愛行も純粋な愛では無くなってしまいます。

思念は自己を中心にした思考で、この思考は自己反省をする際に有用なアイテムにはなりますが、対人関係に於いて思念を軸にして展開すると、他者配慮に欠けた結果ばかりが自己展開するのです。

想念は相手を中心にした想考で、この想考は他者配慮をする際に有用なアイテムとなり、対人関係に於いて想念を軸にして展開すると他者との心の繋がりが果たされ、その想いの深さなりの愛行が完成されるのです。

恋は求める心であり、愛は与える心であります。

こうした違いを熟知していれば、個人的な憧れであっても自我が薄れるに従って、恋心が愛心に変化するのです。

正しい思念の使い方を知っていれば、自己反省が齎す功績は、個人的な恋心を純粋な愛心へと昇華させるのであります。

しかも経験から弾き出された智恵と教訓が人格の高揚を促して、徳性を高める礎になって光り輝く記憶として魂に刻まれるのです。

従って正しい心で臨まれた恋愛は人格形成を促がすための発展段階に繋がっています。

男女の恋愛は地上人間にとって身近な興味関心事でありますが、これは人間を太古に生み出された創造主が、男女の魂に組み込んだ秘策であり、心の生長を促がす妙薬でもあるのです。

物心が付いた頃から自然に湧いてくる異性に対する恋心は、魂に刻印された生長促進剤であります。

この恋愛(思念想念)が心に揺らめくからこそ、時に人間は堕落することがあったり、時として人間としての生長を果たすこともあるのです。

その正しい恋愛の行く末が結婚に繋がるのであれば素晴らしい人生であります。

人間は人として社会の中で恋を知り、やがて純粋な愛を行ずる人として生長するべきであります。

深い愛に到達した時に、それまで右往左往していた心の揺らぎが全て報われることになるでしょう。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】