033 結婚こそ起点

 

個人主義が台頭すると自己意識を尊重して主権ばかりを求むる人が増えるため、社会現象として男女の婚期が遅れる傾向にあります。

男女の役割分担を度外視した権利主張は、度々男女同権を声高に叫びながら異性と争う不思議な時代を求めています。

元より男女の基本的人権は平等であります。

地上世界に個性を持って生きる権利は何も人間だけではなく、全ての動植物や昆虫細菌に至るまで生命価値の生存権利はあるはず。

しかし役割に於いて男女の個性は公平でもあるのです。

それは身体的な理由であったり、生体的な理由であったり、性質的な理由であったりします。

姿形は生存理由の一つではありますが、生命体としての役割で三相(人・時・所)に合致した序列が生じるのです。

この序列は役割上の順序でありまして、上のものが上に立ち、下のものが下に立ち、右のものは右に立ち、左のものは左に立ち、中心に立つものは大黒柱として全てを支える使命役割があるのです。

本来の役割分担とは責任の所在でもあります。

夫々の立場をシッカリと守りながら全体に貢献することで、始めて社会に秩序が成り立つのです。

この社会秩序の最小単位が男女の結婚であります。

本来は繁栄を体現するはずの男性が外部的な働きで大黒柱として家系を支え、調和を体現するはずの女性が内助的な働きで家内を纏めることで、結婚生活は家庭円満を実現させる為の確かな礎になるのです。

それなのに男女の性質を無視して男女同権を叫ぶ現代人は、塩と砂糖は同権だから同じ料理に同じ分量を入れなければ不平等だと言っているに等しく、それは返って全体としての食材を生かして調理する方向からは逆行する迷妄主権であるのです。

そうした観点から男女の結婚を正しく再考しなければならない。

男女の正しい結婚こそ家庭調和の起点(聖地)となり、社会奉仕の基点(霊的磁場)となるのです。

現代は夫々の役割分担を忘れて責任放棄する人間が増えてまいりました。

その根本原因が家庭生活に於ける男女の役割分担崩壊の事実が見え隠れしているのです。

我欲で彩られた高度成長期(負の遺産)を未だに引きずる人々は、旧世紀の狂気に心が踊らされたまま、虚しく主権(自己主張)を積み重ねて生きております。

そうした心の迷妄者たちが本来は神聖なる結婚儀式を、事務的な利益儀式に置き換えた罪人たちでありました。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】