052 人格形成は高校で学ばせよ

 

他者との調和が自発的に行なわれる時に、始めて良好な人間関係は実現するのであります。

自分の事ばかり(自分の意見ばかり)優先していては本質的な調和は保てないのです。

幾ら知識量が多くとも自己主張ばかりを押し通す人間は、他者からは窮屈な偏見で物事を決める面倒な人間として扱われることになります。

しかも強情さ故に其の事実さえ本人には知らされることもなく、周囲の人間は引き潮の如く気持ちが遠退くばかり…。

行く末は誰からも相手にされなくなるのです。

こうした人は、せっかく集め得た知識量が返って仇となっている。

知識は人を活かす方向に使ってこそ智恵となるが、自分ばかりを守らんと(活かさんと)する方向に使うと、まるで知識量が防御用の重たい鎧となって自重を増やし、集め得た知識に自ずから自縄自縛してしまうのであります。

自分の事ばかり考えている人間には他者との調和は難しいのです。

お山の大将は主従関係の思考回路に心を支配されているのです。

配慮という想い遣り、援助という労り合い、信頼という願いと祈りは、自己中人間には其れ相応の見返りがない限り無理な相談であります。

従って利己的感性では真っ当な人格形成が望めないのである。

人間としての生長は肉体の成熟ではなく、魂の本質に繋がる精神の進化でなければならない。

精神の進化は金銭で買う事は出来ません。

他人から奪い取る事も出来ません。

何かの装飾物を付け足せば補えるものでもありません。

本来の精神の進化は、地道な努力精進の結晶であります。

人格形成の基礎を身に付ける為に最良の時期となるのは高校生活である。

社会人になる前の三年間は、未だ失敗を其のまま教訓に変えられる時期であります。

多少の若気の至りが許される時期でもあります。

思い切った努力精進を全力で実践して、来るべき将来の礎を築くには最良の時期なのです。

この最良の時期を逸すると容赦の無い世間の洗礼を浴びて早々と潰されてしまうでしょう。

世の大人たちは自分だけを守らんと躍起になっている…。

ライバルを蹴落としても心が痛まない冷たい性格で善人ぶった建前ばかりを繕うのであります。

人間にとって人格者とは如何なる人間を言うのであろうか…。

それは自己主張に頼る事なく、他人の話を良く聞いて、物事の主原因が何であるかを見い出して、最良の時期を捉えて解決策を行使する実行力を、魂の本質に育み続けている実践人間の事を人格者と言うのであります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】