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061 現代の物質信仰 |
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敗戦後の日本人が失ったものは大和精神であります。 大和精神に込められた尊い神の子の自覚を、歪めて解釈したのは軍部の中心者たちでありました。 軍部の暴走が日本を戦争へと走らせたのです。 日本は個人々々の人が集まって国となった訳ではなく、家族意識が根幹に存在して、数多の渡来民族を同じ家族として迎え入れてきた国家が日本の真骨頂であります。 かつてのシュメール人も中東の地で巻き起こった度重なる戦乱を避けて、大船団を率いて日本の地に流れてきた移民(難民)でありました。 またかつてのユダヤ人も時の権力者たちの暴挙から逃れて、大陸のシルクロードで行商をしながら日本に辿り着いた移民(難民)でありました。 そうした歴史的境遇を抱える異民族を、貴方たちの遠い先祖は同じ一人々々の心ある人間として受け入れたのであります。 渡来した多民族の方々も安住の地を得た喜びを感謝報恩に変えて、日本の国家の為に多岐に渡る尽力を施して致だきました。 こうして日本の文化は徐々に一枚岩の如く絆が固まり、青々とした苔が生すまで(生々とした情緒ある文化に成るまで)大和の心を深めてきたのであります。 しかし敗戦後の日本に流入してきた戦勝国の欧米文化は、個別主権主義を中軸に置く個人の自由主義でありました。 権力を悪用した個々人の我儘が、先住民から武力によって土地を奪い、同じ人間を奴隷として扱い、生肉を喰らい物欲に狂う陶酔文化を無理やり押し付けたのです。 敗戦後の疲弊に喘ぐ日本人は、当時の欧米文化に縋らざる負えない貧困の中にありました。 生活必需品でさえ十分に手に入らない境遇の中で徳育は失われ、心の規律を守る意識も薄れ、軟弱化した精神は目先の生活に必要な物を大切にする信仰に変わって行きました。 物質世界に有るものは形が提供する文化であります。 従って形態そのものに依存するなら、形を通して語りかける真理が見えなくなります。 かくして迷妄者による物質信仰は経済(商売)理論も相俟って民衆に流行るのであります。 物質信仰は生活必需品に収まらず自己誇示の為の装飾にまで進行しました。 鈍重な波動に支配された物質信仰は真なる価値観を鈍らせる作用があります。 そのため貴方の信仰心が物質信仰へと堕落していないかどうかを、時折り反省回顧する習慣が必要になります。 |