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062 金権欲主義信仰 |
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物質信仰と双璧の関係にあるのが金権欲信仰(経済至上主義)であります。 お金があれば何でも出来ると勘違いする金権欲信仰は崇拝の対象が金銭であり、しかもその信仰形態は主役が金銭・従属が人間となります。 金銭に扱われ振り回される社会は人間の価値が価格の高下で決められる社会であります。 性格の良し悪しに関わりなく多額の資金を持っているものが主人となり、資金に乏しい人間は使用人となって、主人の思うがままに扱われるのです。 こうした金権信仰は貨幣経済が始まった当初から存在していて、現代では何処の宗教団体よりも多くの信者を集めています。 経済至上主義を宗教だと思う人は殆んど居ないでしょうが、高額資金に対する憧れや高給所得に対する尽きない追求は、もうそれだけで神(金)を礼拝する敬虔な信者と同じ魂の傾向になっている…。 ただ神様と金銭との違いは、具体的な形態が有るか否かの違いであります。 しかし近年の貨幣経済は紙面による取引きが主流となり、金額のデータ化は実質的な金銭感覚を鈍らせております。 そのため負債を抱えた深刻さに実感が持てず、無闇に借金を重ねる人も増えたのが現状であります。 金銭の神は姿を隠すと人間の感覚を麻痺させる魔力を持っているようです。 こうした麻痺作用は高額な資金を得た人間にも起こり、正常な金銭感覚を麻痺させて心を狂わせる事態も生ずるのです。 金銭の神は感覚麻痺の魔薬でもある…。 この拝金魔薬に侵されない為には金欲に翻弄されない器量(人格)を磨く必要があります。 多額の金銭を正常な金銭感覚で扱う器(人徳)がないと、金銭欲信仰は富者も貧者も同様に金欲亡者地獄を生きながら彷徨うことになるでしょう。 本当の富者は心の豊かさであります。 真実の大神は無限供給そのものが御神体なのです。 無尽蔵に湧き上がる生命力を、創造主と同じ創化作用(インスピレーション)で現象化する智恵(アイディア)が働けば、豊かな心は一大産業を開く程の能力を発揮するのです。 真なる経済の神様は衆生の生活の幸福の為に、寸暇を惜しんで尽力する徳者を通して、経済流転の神威を発揮されるのであります。 |