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065 自由主義の暴走 |
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社会主義の対極にあるものが自由主義であります。 自由主義の中軸にあるものは個別意識の競争原理なのです。 地上世界は相対の世界であり、我あり彼ありの比較優劣の世界であります。 そこに相互の信頼関係が築かれているなら、競争原理は正しい切磋琢磨となり、遣り甲斐や生き甲斐を個人に齎す最良の主義主張になるでありましょう。 しかし近年の歴史を見渡してみれば、自由主義が目指すべきものが変化しつつあることに気付かなければならない。 本来の自由主義は時代を進化発展させることが主旨であり、その主目的は個人の魂の解放と相互扶助による幸福生産であるはずです。 自由には責任が伴なうことを衆生は知っていても、その責任を全て他者(競争相手)に転嫁していては、もはや自由主義はブレーキの無い暴走列車に成り果てるでしょう。 高度成長期にバブル崩壊へと突っ込んだ暴走列車(自由主義)は、21世紀を迎えた人類が未だに正しい反省回顧(振り返り)が出来ないまま走り続けています。 その行き先に待ち構える断崖絶壁に刻一刻と近付いていることを知るべきであります。 その暴走列車を停止させる為に、今まで多くの善良なる犠牲者が出てしまいました。 世に天変地異が多発する時代には何時も得手勝手な主義主張が暴走している時代でもあります。 人々よ目覚めよ…と、激しい自然災害が幾度も警告を発してきたが人々は一向に目覚めず、むしろ天意を憎み他者の幸福を羨むばかりである。 やがて度重なる警告は想定外の怒りを伴って今後も大災害を巻き起こすことになります。 人類は一刻も早く暴走列車に正しいブレーキを取り付けて、自らの意思で減速することも大切であります。 自らの感情にブレーキが効かなければ、争い心は闘争と破壊を無闇に繰り返すだけである。 そうした現況を喜ぶものは地獄の悪魔だけであります。 誤てる自由主義が経済を牛耳れば成績至上主義の悪路を突き進むことになる。 右肩上がりのグラフを喜び、低迷期には解雇の嵐が襲うのである。 企業が行なう人員整理は粛清と同じ原種であり愚行であることを気付いて致だきたい…。 本来の自由主義そのものにも罪は無いのです。 その主義主張を行ずる人間側にこそ心の欠陥が存在すると言うことであります。 |