068 平等公平の対立

 

現代人を個別意識に走らせているものは何なのか…。

それは個人的な損得勘定であり、他者との比較優越からくる焦燥感情であります。

これらは全ての基準を自己に置いて、他者との比較優越の尺度(モノサシ)も自己認識(自分が認められる範囲内)でしか測れない状態にあると言うことです。

すると内在の損得勘定は個人的な都合で不平等を叫ばせ、焦燥感情は不公平を決め付けることになります。

こうした不平等感・不公平感は自分が基準であるからこその不幸観念である。

しかし其の基準を利己(自己中)ではなく利他(客観視)に当て嵌められれば、むしろ自分の了見の狭さが浮き彫りとなって、不平等感・不公平感は薄まることになります。

幾ら科学の力が進化しても、根本的な人間の感性が幼いままでは、不平等・不公平の不平不満が国の政治を歪める要因になってしまうのであります。

本来の正しい平等と公平は同じステージで混在させてはならないものなのです。

人間の基本的人権は誰もが一人の社会人として生きる権利…これは万民が平等に与えられた権利であります。

また人間の努力精進に対する評価は、其処に魂を込めた想いの深さと、積み重ねた知性の使い道に於いて公平な観点から評価されなければならないのであります。

此処に公私の区別が存在しなければ、未だ幼い魂は不平不満が重なって不平等を叫び、不公平を嘆くことになるのです。

人間は社会人として生きるということに於いて平等であり、努力の度合いに於いて公平である。

こうした観点を度外視して公私の区別を無視しながら、個人的な損得勘定を公の場(社会)で声高に叫ぶことは、未だ大人(公人)になりきれていない子供(私人)の我儘であることを知るべきであります。

現行の政治が混乱している背景には、公私の区別が出来ない人間が政治家として選任されていることの矛盾が見え隠れしています。

本当の徳性を有した人格者が少なくなった理由は、人徳の如何に関わらず名が通った有名人に票を投ずる民衆にも責任があるのです。

本来の徳性とは何であるかを、国を挙げて万民が学ばなければならない…。

人徳なき政治家は平等感と公平感を混同して政局を混乱させています。

国民一人々々が徳性とは何たるかを学んで、本当の徳高き人格者を見抜く目を養う必要があります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】