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071 国民投票の墓穴 |
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特定の政党が力(議席数)を持ちすぎた場合に起こりがちな政局は強行採決であります。 国会答弁を積み重ねて民意を反映することが議会政治の主旨ではありますが、法案が成立するかしないかは、既に選挙で過半数を得た時点で大方のものは決定してしまっていると言うことです。 これは議席数による政党政治が暴走した場面でありますが、国会議員の中に本物の人格者が大半を占めているならまだしも、人目に付かなければ悪事も辞さない人間も政治家の中から未だに出てくる事実は、いったい何を物語っているのでしょうか…。 これは決して政党政治を否定するものではありませんが、国民の生活安泰と人生の幸福の為に選挙で選ばれた代表者たちが、まるで会社組織の強権序列の中で、政党の理念(公約)に従って票を投ずるだけなら、民主主義の本筋である一人間の主権は既に其処(政党政治)には無いと言うことです。 だからと言って民意の総意を国民投票で問えば良いと言う人も居るでしょうが、現状の民意は大多数の人格者が居る訳でもなく、むしろ利己的人間が多い総民意で国民投票を決行したなら、民意は自ら墓穴を掘ることになるでしょう。 現代人は自分の損得を優先する人が多くなっています。 その為には我が子でさえ蔑ろにする親も出てくる…。 自分の幸せの為なら平気で友人を裏切り、我欲的(利己的)なハラスメントは今も更に増え続けている…。 人のため国のために生涯を賭けて生きられる現代の救世主が育ちにくい社会で、民主主義だからとはいえ国民総意(国民投票)に未来を託すことは正に自殺行為であります。 しかし民主主義にも罪はないのです。 人類は民主主義を活かしきれていない。 物事には順番があるはずです。 子供たちが小学校で学び中学校でも学び、その後に高校や大学で学びながら知識を蓄えるように、人として大切な徳育も基礎を学び多面を学び、徐々に高度で深奥なる徳性を磨いて人格者を育てて世に送り出すシステムを、国を挙げて構築しなければならない。 そうして世人の精神水準を底上げしながら現行の議会制度を見つめ返せば、民主主義は本来の正しい機能を取り戻すのであります。 しかし徳育によって魂の向上が果たされたなら、民主主義を遥かに超える理想的な社会制度が考案されるでしょう。 その新たな社会制度は地上に降りた光明の天使たちが提唱することになります。 時代そのものが大きく変わる様相を、やがて現代人は歴史の証人として目の当たりにするでありましょう。 |