082 物理的検証の限界

 

20世紀の人類にとって最も進化したものが科学の分野であります。

科学的発明発見の恩恵を受けて、凡ゆる分野が相乗効果で発展を遂げたのです。

その背後で最も退化したものが人間の徳性であります。

科学的発展の利便性によって、人間の精神面は閉ざされ軟弱化してしまいました。

その分だけ精神面の忍耐力が低下して少々の外傷にも耐えられず、感情的に激昂してしまう人が多くなったのです。

従って人格に相当する徳性が低下したのが現状であります。

21世紀を迎えた現代人の科学は一部の領域を除いて、どうやら頭打ちの状態になりました。

物理的アプローチに頼る現代科学では、物理の法則を隈無く解明したとしても、それは単なる結果の検証に過ぎないのです。

見たものを見たまま、聞いたものを聞いたまま解釈することが、物理科学の見聞実証である。

動いたものを動いたまま、止まったものを止まったまま解釈することが、物理科学の動作物証である。

リアルタイムに蓄積されたデーターは、確認したものを確認したまま記録に残したという事実には忠実であるが、その実見聞を行っている科学者の人的尺度(感性の相違)には余り注目していないのです。

そのため同種の実験を重ねても、良好な結果を得られる人と、殆んど良好な結果が得られない人も出てくるが、そこは民主主義社会の中の科学である以上は、過半数の同じ結果が現れれば科学的根拠ありと認定してしまいます。

本来は少数派の中にも真実が存在するにも関わらず、現代科学では少数派を切り捨てて排除してしまう。

そうして科学界から闇に封じられた科学者も居たはずであります。

長い地球史の中の僅か一世紀(100年)の間に、たまたま同結果が続いただけで永遠の真理のように扱うのは危険な賭けであります。

今世紀に偽りだと学会が認定排除した科学的発明が、来世紀では主流になっているやも知れません。

物理的検証に呪縛されたままの現代科学は、これから21世紀の霊性科学が追求される毎に、一つずつ正確に正否を改められて行くでしょう。

その時に今まで闇に封じられていた不遇な科学者たちも、陽の当たる場所に戻れることになります。

物理的検証には残念ながら物理的な限界がある。

これを知らずして今後も物理科学を追求するなら、かつて宗教の世界に起きた偶像崇拝やバール信仰のような末路を辿ることになります。

そうしてそれが天変地異という実力行使で完膚なきまで改心を迫られることになります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】