|
086 科学的弁証法とは |
|
哲学の世界には弁証法という思考経路が存在します。 それは哲学的アプローチを無限に永遠に進化させ押し広める為の手段方法であります。 弁証法とは何か…。 例えば誰かが一つの論理を説いた場合に、その論理は正論として他者に語られます。 しかし正論には必ず反論が起きてまいります。 するとやがて正論と反論を纏めて融合したような新たな論理が打ち出されます。 それで全てが終わりではなく、新たな論理は正論として説かれ、やがてまた反論も説かれるようになる。 するとまた正論と反論を融合した新たな論理が打ち出されるのです。 そうして正論・反論・融合といった弁証法(正・反・合)的な発展を繰り返すのであります。 かつての論理は忘却の彼方に追い遣られ記憶の中を彷徨うことになりますが、全ての論理は三相応(人・時・所)に適った正しさはあったはずです。 論理の対象となる人が変わったり、時が流れて主旨が該当しなくなったり、境遇(場所)が変わって重要度が薄くなったり、様々な理由が考えられます。 そのため時代の変化に応じた新たな論理が必ず説かれるようになる。 こうして哲学的な弁証法は進展しながら人類の精神面を育ててきたのであります。 このような手法は科学の世界でも十分に通用する手法である。 とくに科学は過去の遺産(成果・功績)を土台にして進化発展を試みる必要があります。 科学的な発明発見が一つの正論となって発表され、やがてそれを打ち消すような実験結果を反論として発表され、それらを纏めるような融合科学が検証されて、科学的アプローチの末に新たな発明発見を果たすべきであります。 かつて歴史上では地球が球体であるか平面であるかの論を闘わせて、当時の科学者を裁判にまで掛けた時代がありました。 現代人であれば地球が丸いことは子供たちでさえ知る所でありますが、既成概念に囚われた権力者たちは頑なに地球は平面で海の果てには大きな滝が奈落の底まで流れ落ちていると信じられていたのです。 それを悉く覆して来たのが科学者と冒険家でありました。 こうした逸話は現代にも無数にありまして、自分自身が発した言葉が環境と境遇を創り出しているという心の法則(因果の理法)を未だに信じられない迷妄者たちも、霊性科学者や霊界冒険家たちの数々の実験結果から、心の法則(因果の理法)の正当性を社会に証明する日が来るでしょう。 しかしその発明発見も直ぐさま過去のものとなり、新たな奥深い真理が科学の世界に現れてまいります。 それだけ霊界(精神世界)は膨大で意義深く、荘厳極まりないほどの高みと深みを併せ持っていると言うことであります。 |