095 言葉は心の影

 

普段から心に思い描いているものが自然と言葉になって出てくる…。

目には見えない心が現象界に作用してくるのです。

自己反省が必要な理由は此処にあります。

心の中は誰からも見えないからと好き勝手に思考を放置していると、思考そのものがまるで生き物であるかの如く、思考の性質なりの働きをするのであります。

それは思念想念そのものが目的意思を持った生命体であるからです。

その生命体(思念想念)を生み出したものは人間の言葉であり、その言葉を発させた心であるのです。

結局は言葉が心を現象界に影として映し出している主役である。

こうしてみると普段から何気無く発する言葉の質如何が重要であると言うことが分かってまいります。

心に浮かんだからと言って何でも可でも其のまま吐き捨ててはならないのです。

現象世界に影響を与える言葉であるからこそ、自身が語った言葉そのものに責任を持たねばならない。

言いたい放題したい放題に好き勝手な言動を撒き散らして、後は我関せずでは済まされないのです。

いつか必ず自己自身が発した言葉の代償を全て支払わされることになります。

そうした逃れられない心の法則を小手先で回避していると、表面では見えない体内の病気や精神的な病として現れてくる。

また更に自己自身の言葉から責任逃れを繰り返して人生を渡ったなら、肉体生命の滅後に霊界にて代償を支払わされる運命になります。

そうして心の暗部を隠すことも出来ない霊界に於いては、天国と地獄の何れに向かうべきかを明確に見せられ、責任逃れをして隠してきた言葉(悪しき心)を言い逃れ出来ないほど鮮明に突き付けられるのであります。

人間の言葉には力があります。

そこに信念が込められたなら難事を乗り越える力量になります。

そのため言葉を悪用すれば破壊行為にも使われてしまいます。

パワハラ・セクハラなどの迷妄行為にも言葉が悪事に使われています。

言葉そのものは善事にも悪事にも使われるもので、言わば価値中立的な存在が言葉であります。

それを正しく使い分ける人間性の部分に、人格の高低が実力として現れるのです。

この言葉の質を高めるために、全ての人間には自己反省が必要である。

自分が発した言葉の意味を知り、その言葉を精査して正しい智恵と教訓を見い出し、弾き出した解答(智恵と教訓)を元にして、その後の人生に活かして使って行くべきであります。

何時までも心の世界を放置したままにしてはならない。

言葉を扱う人間には、その言葉を扱う人間としての責任が伴うのであります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】