096 唯物論唯心論

 

三次元世界は物質文明を中心にして展開する世界であります。

物質文明とは物体が自然の法則に従って常に安定した状態へと向かう世界観であります。

物体が最も安定した状態は分子や原子の根源的な状態です。

つまり物体の原初は分子であり原子である。

分離独立した原初の姿に立ち返ることが個性化としての原点回帰であります。

物理の法則には自然への帰属があるのみです。

しかしその物理の法則に意志を注ぐことで、新しい流れや組成的な形を創造することが出来るのです。

物体に注ぐ意志こそ意図を有した生命力に他なりません。

この意図は物質の自然崩壊を喰い止め、分離破壊を繋ぎ止め、消滅死滅を回避させる生命力そのものです。

かくして物質文明には物理の法則と生命の法則が同居して時代を構成しているのです。

その何方も地上世界には必要不可欠であり、何方か一方でも作用することを止めたなら、物理世界は混沌状態に陥ることになります。

この物理の法則を中心にして思考を展開するのが唯物論であり、生命の法則を中心にして思考を展開するのが唯心論であります。

何方の論理も地上世界での人間生活には必要不可欠な要素であり、何方か一方を否定すれば、人間の地上世界での存在自体が否定されることになるのです。

故に長らく続けられた唯物論と唯心論の隔壁論争は虚しい水掛け論争になるのです。

それは一人の人間の右手と左手が、何方の手が本物で何方の手が偽物であるかを、同じ人間が論じているのと同等の愚かさであります。

例えば地上世界で寿命を迎え、肉体生命が死滅して魂が霊界に里帰りしたなら、物質世界の外套である肉体を脱ぎ捨てて霊界にいることは事実であるが、本人の悟りの程度に従って肉体生命の記憶(魂の傾向性)が作用するため、霊体には記憶の通りの肉体生命が色濃く影響が出るのです。

そればかりか霊界に居るにも関わらず、地上世界で営んでいた仕事を霊界でも引き続き営んでいる霊人も多いのです。

これは霊界に於いても物理の法則が少なからず作用していることを意味しています。

もちろん悟りが進んで霊位が高まったなら、名実共に唯心論(この場合には唯神論)となるでしょうが、物理の法則を完全に断ち切れる高徳者(高級神霊)は全霊界人口の一握りになります。

古来より唯物論は唯心論を否定し、唯心論は唯物論を否定してまいりましたが、何方かと言えば物理の法則が五官の感覚で確かめられる唯物論の方が、現代科学の進化に後押しされて、近年ではやや有利な展開を進めてまいりました。

しかし心の内面を全て否定してしまっては、唯物論も存在そのものが有り得ないことを知らなくてはならないのです。

もともと物理の法則に多面性を付与しているものが生命の法則であるからです。

従って心の法則を学ばない限り、正しい物理の法則も正確な生命の法則も理解することが難しいでありましょう。

本来の思想哲学は、心の世界を解明するために正しく扱われるべきものであります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】