098 白黒採決極論

 

また地上世界を混乱させているものに白黒採決があります。

白黒採決とは、物事の真相を推し量る際に、右か左か、上か下か、明か暗か、善か悪か、天国か地獄か…。

こうした相対する二極に分類して、何方に入っているかで物事の真相を把握せんとする、言わば極論であります。

極論(白黒採決)は選択肢が二つしかなく、中間に犇めく無数の選択肢は顧みられることがありません。

これは現代の民主主義(多数決意見を尊重する)と相俟って、自分の意見が何方に有るのかを無理やり選択させられています。

本当は右でも無ければ左でも無く、上でも無ければ下でも無く、明でも無ければ暗でも無く、善でも無ければ悪でも無く、天国でも無ければ地獄でも無く、その中心にある反転軸を基準にして、時には右となり左となり、上となり下となり、人間の心は自らの環境や境遇に苛まれながら微妙に揺れ動くものであります。

そうした自由意思を創造主から与えられながら、白か黒か、右か左か…と意識の所在を強要されるなら、甚だ民主主義は腐り切った権力者による強制採決に堕するのであります。

一般人でも二言目には白か黒かを無理やり選択させる人間が後を絶ちません。

常に中立的立場にある方は、恐らく右でも左でもないが、現在は何方かと言えば此方なのかな…という感性であっても、白黒採決迷妄者からすれば、自己都合側の大勢に加えることになるでしょう。

優劣を気にしがちな自己保身人間には中途半端な意見は危険エリアと感ずるのであり、何かとグレーゾーンを味方に寄せ付けようとする。

また白黒採決を押し付けがちな人間は、相手の話を親身に聞く耳を持たないのが特徴でもあります。

人間の心は繊細なヒダ(感知能力)で出来ています。

それは三相(人・時・所)によって考え方も捉え方も違ってきて当然であります。

それを単純に二局分離する所に無理が生じるのである。

こうしたことも自己反省が習慣となっている人たちは、白黒採決迷妄に片寄りがちな傾向性を自分で見い出す事が出来るが、自我我欲の強い迷妄者たちは自己反省が出来ないが故に、単純な白黒採決に走るのであります。

極論の恐ろしさは大衆操作に現れます。

民主主義を悪利用する政党が、自分たちの利権を守るためだけに白黒採決を強行すれば、数の倫理は真実性を失うでありましょう…。

こうした愚民政治が横行する社会の現状は心が貧しい時代である。

これは豊かな心を育むことで軌道修正をしなければならないのです。

そうした意味合いから見ても現代の文化人たちには大きな使命があります。

自分の為だけに生きる事なく、人のため国のため人類の明るい未来のために、心を豊かにする文化を一つでも多く後世に残して致だきたい。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】